とある街で、数人の僧侶が歩きながら話をしている。
率いるのは“空智大師”と呼ばれる近隣では名の知れた僧のよう で、すれ違う町人は皆、彼に頭を下げて挨拶している。
僧A「空智大師、 大師は民から信望を得ておいでですね。」
空智「何を得るとか失うとかの損得勘定や、喜怒哀楽を
心に抱いては いけない。
僧たる者は欲望を捨て清い心でいるべきだ。」
そうして歩いていると、とある休息所前に人だかりができていて、
人々が『何か偉いインドの僧が食事しているらしい』と噂している。
空智大師と弟子達は その休息所へ足を踏み入れ、
達磨に近付いて話しかけた。
空智「あなたが達磨大師さまでいらっしゃいますか?
失礼ながら 是非 お教えを賜りたいのですが。」
達磨「… (無言で会釈する)」
空智「心も仏も衆生も 全て実体は“空(くう)” なのでございますね?
聖も俗も、善も悪も、結局は空虚なもの、“空”でございますね?」
すると突然、達磨は手の平で空智の頭をパン!と叩いた。
空智と弟子達は驚き、目を見開いて達磨を見詰めた。

空智「な、何をなさるのですか?!」
達磨「全てが“空”ならば、その痛みは?」
空智「… あ!…」
達磨「見えないものを見る。無知を知る。それが真理だ。」
達磨はそう言うと席を立った。しばらく考え込む様子の空智。
弟子達が達磨を咎めようと後を追おうとした時、
それを制止して言った。
空智「やめなさい!」
そしてその場にひざまずき達磨の後ろ姿を拝んだ。
僧B「どうされたのですか? どこか打ちどころでも?」
空智「説明できないが、私はとても感銘を受けたのだ!」
