●シート×シート ~最大の切手交換~
●追悼・大杉漣
昨日の『ぐるナイ』を複雑な思いで観た。ゴチバトルの歴代クビメンバーが揃う特別な回だったのも、最後に自腹だったのも、奇妙な巡り合わせ。ドラマや映画では珍しくないが、訃報直後に出演バラエティが放送されることは、ほとんど無いことだろう。
●シート×シート ~最大の切手交換~
小学生では買える切手も限られるため、収友と交換しながらコレクションの充実を図るのが常だった。1970年代は切手ブーム真っ只中。親兄弟のコレクションを受け継いで、風変わりな切手を持っている人も少なくなかった。それも、クラスに数人から10人は切手を集めていたから出来たこと。良い時代だった。
どの切手を誰と交換したかは、ほとんど覚えていない。それでも、小4でペパーミント・パティとの交換で手に入れた「万国郵便連合100年記念」等、思い出深い交換はいくつかある。
小5の5月か6月だったと思う。友人の提案に驚いた。切手1枚ずつではなく、シートとシートを交換しようというのだ。郵便局で買った記念切手のシートを何枚か持ってはいたが、50円×20面、または100円×10面だから額面で1000円。現在の貨幣価値なら3000円近いだろう。小3から切手交換をしてきたが、そんなスケールの大きな交換は聞いたこともない。
しかし、私は快諾した。その友人とは小4でも同じクラスで、父親の仕事の関係で韓国切手を多く所有していた。後に児童会副会長になる友人も含め、3人で韓国切手の交換等をしていた。それが、私が韓国切手収集を始めるきっかけだった。つまり、このシート交換は、韓国切手のシートを入手できる千載一遇のチャンスだったのだ。
韓国切手は新宿南口の「郵趣会館」か、渋谷宮益坂の「日郵コイン」でしか売っていない(と思っていた)時期であった。もしかすると、田園調布の医師が趣味でやっていた「明治スタンプ会」を知った後かもしれないが、とにかく入手困難で、シートの購入など考えられなかった。
翌日か2、3日後、私はシートフォルダーの1枚とおぼしき袋に数枚の切手シートを入れて登校した。2時間目の後の20分休み。韓国切手の友人の机の上にそれを置いた。
彼が中を見始めた時、廊下から呼ぶ声が。小4で同じクラスだった(後に川島海荷似のあの人を奪い合う)親友が遊びに来たのだ。私は早速親友の方へ行って少ししゃべった後、一緒に廊下へ出た。すると、韓国切手の友人は怒って、シートの入った袋を床に叩きつけたのだった。それで、シート交換の話は流れた……。
数日後。韓国切手の友人が、やはりシート同士の交換をしようと言ってきた。私に異論は無い。彼は、交換するシートを既に選んであると言う。先日の事情から、私は彼の手持ちのシートを見ていなかったが、まぁ、そのシートを見て気に入らなければ、別のが良いと言えばいいと思って了承した。
用意されたシートは、必ずしも好みでは無かったが、大型切手20面のすごい迫力。断る理由は無かった。B5サイズのシートブックには収まらない巨大なシート。現代の小学校ではA4用紙やA4ファイルが普通だが、当時はB5が標準。どうやって家へ持って帰ったのか? と疑問が残る。
1975年6月25日発行の「朝鮮戦争25年記念」だと今日、調べて知った。当時は韓国語表記、つまり韓国で発行された切手カタログを入手したばかりで、内容はほとんど分からなかったのだ。当時の韓国ではまだ漢字が使われていたので、ところどころの漢字を頼りに読んでいた。1993年版のカタログ評価は4種連刷で480円。シートだと2400円。実勢価格の2~3倍だから、だいたい等価交換だったのかな。価値など問題じゃないけど。
現物をスキャンしたものを貼っておく。当時、大型シート用に買った大型シートブックも、現代の感覚では普通のA4ファイルサイズ。
