●高解像度グラフィックのひとり歩き | サンロフトの本とテレビの部屋

●高解像度グラフィックのひとり歩き

●高解像度グラフィックのひとり歩き

 

コメントいただきました。X68000ユーザーとしては、当時フレームバッファが羨ましかったですが、今思えば値段のわりに使い道があまり無いような……。

 


1980年代前半の高級8ビット機で標準となる「640×200ドット(ドット単位)8色」は1980年の沖電気if800model20で最初に登場した。漢字ROMは1981年のmodel30からで、model10/20では漢字が扱えなかった。グラフ表示のために用意されたの高解像度グラフィック機能だと思われる。

 

1981年の日立ベーシックマスターレベル3は、カタカナの他にひらがなが表示出来、漢字表示を目論んだ設計だったと言われる。640×200ドット(ドット単位ではない)8色のグラフィック機能は漢字を想定したものだろう。同時期に出たシャープMZ-80Bの320×200ドットモノクロのグラフィックも、漢字を意識していたろう。当時、(ユーザーによる自作の)漢字を表示した画面写真があったが、漢字ROMが登場することはなかった。

 

それらの直後に富士通マイクロ8(FM-8)が発表され、640×200ドット(ドット単位)8色のグラフィックと、当初から漢字ROMがオプション設定されたことで、日立は出し抜かれた。

 

1983年のPC-6001mkIIは1024文字ながら漢字ROM内蔵で当時驚いた。320×200ドットは漢字表示の最低ライン。オプションでJIS第1水準漢字・非漢字の漢字ROMもあり、初代PC-6001でもマシン語レベルながら使用できたことは、あまり知られていない。

 

漢字表示のために高解像度グラフィックが普及したにも関わらず、まともなワープロソフトが出てくるのは1983年以降。カセットテープ版ワープロソフトもあったが、事実上FDD前提なので使えた人自体は少なかった。かくて、1982~83年頃までの8ビット高級パソコンでは、漢字とは関係なくグラフィック機能が利用される状況となった。

 

1982年秋にPC-9801が漢字VRAM搭載で登場するが、ワープロソフトの実用化はその後。FM-8が無茶なスペックを打ち出さなかったら、8ビットでは漢字も高解像度グラフィックも普及しなかったかもしれない。1983年頃に、MZ-700のようなグラフィック機能無しで漢字VRAM搭載のモデルが出たかも。8ビットならその方が良いバランス。

 

そうなっていたら、遅い遅いPC-8801で高解像度カラーグラフィックがスクロールするゲーム「アルフォス」や高速ワープロソフト「JET-8801A」など、プログラミングテクニックの劇的な進化は無かった。