●デザインの敗北 | サンロフトの本とテレビの部屋

●デザインの敗北

●デザインの敗北
2、3日前から昨日まで、ライター規制に関するニュースが相次いだ。これは、デザインの敗北としか言いようが無い。


元々ライターは、複数の操作手順を1ストロークで行う優れたUIであった。片手で握り、握った手の親指1本で点火できる。秀逸である。それが、文字通りワンタッチ式に代わり、操作性がさらに高まった。
しかし、今回の規制で操作が2段階に退化してしまった。ワンタッチ式に至っては、スイッチが重すぎて使い物にならない。最低のプロダクトデザインと言わざるを得ない。優れたUIを生み出した先人たちの苦労を無にする愚行だ。


こんなバカげた規制をかける不見識も嘆かわしいが、従来のUIを退化させるしかなかったデザイナーたちの完膚なきまでの敗北こそが痛々しい。
私が観た範囲では、どのニュースもワイドショーもライターのUIデザインについて言及していなかった。不見識というより、世間でのデザインの認知度の低さを象徴していると感じた。現代では、デザインによって何かを解決するという発想は、デザイナーの頭の中にしかないのかもしれない。
改善は思いもよらず、不便になったら我慢するのが美徳、というのが現代日本だ。我々は、いつからこんなふうになってしまったのだろう?


かれこれ2、3年前だろうか、タバコ屋でスイッチの硬いタイプのライターをもらってきたことがあった。不評で売れないというのだ。私は、それをついに点火することが出来なかった。全力で押せば点火可能だったかもしれないが、力には制御可能な範囲というものがある。力まかせに押せば、ライターが飛んでいったり、指や爪を負傷したりするかもしれない。だから、100%の力は出さなかった。
こうしたライターが出始めて何年か経ち、旧タイプが廃止されるのが分かっていながら、これといった改良がなされて来なかったのである。怒りを通り越し、呆れも通り越し、我が国のデザインに失望するしかない。


今回、巣鴨での街頭インタビューでは、半数近い高齢者が点火不能だった。平均的な力の成人にとっても厳しい重さだ。こんなものが、製品として成立していると言えるだろうか?
子供の安全と言えば思考停止し何でも認めてしまうのは、そろそろやめにしたらどうだろうか。負傷のリスクが高まって逆に危険になったが、それは誰も口にしない。