【パソコン歴史浪漫】58 ●書家万流とセフィロスの挫折 ~書体自動生成 | サンロフトの本とテレビの部屋

【パソコン歴史浪漫】58 ●書家万流とセフィロスの挫折 ~書体自動生成

【パソコン歴史浪漫】58 ●書家万流とセフィロスの挫折 ~書体自動生成


前回から少し話を戻そう。


「書家万流」というソフトをご存知だろうか?
X68000用『フォント&ロゴデザインツール 書家万流 SX-68K』(シャープCZ-282BWD 2万9800円)。『Oh!X』1995年5月号に新製品紹介記事が載っているらしい。SX-Window上で動作し、JIS第1、2水準漢字非漢字の明朝体&ゴシック体アウトラインフォントが付属していた。シャープのパーソナルワープロ『書院』のフォントが流用できるとも言われる。
以上、今調べてみたことだ。そのくらい関心は薄い。


そう。私が語りたいのは「書家万流 SX-68K」ではない。その何年か前のMACEXPOかなにかに参考出品されたMacintosh用『書家万流』である。
文字の骨格データに、線の太さやウロコ等のエレメントデータを組み合わせることで、明朝体でもゴシック体でも自動生成できるソフトであった。
X68000用ではフォントの自動生成機能は無くなっていたし、元々シャープ製ソフトでもなかった。Macintosh用『書家万流』が未発売に終わったため、どういう経緯だかフォントエディタ部分のみがX68000用に転用されたと考えられる。全くの別物が、偶然同じ名前というわけがないだろう。


Macintosh用『書家万流』は、当時の雑誌記事ではまともなデザインのフォントが生成されているように見えた。しかし、今となっては調べても情報はほとんど無い。何年頃の話かも知るすべがない。私がMacintosh IIciを買った1992年より後で、X68000用が出た1995年より1~2年は前だろう。私は『書家万流』に強いショックを受けたが、他の人の記憶にはほとんど残っていないようだ。未発売だから仕方ないか……。
ショックは、自動生成機能の驚きに対してではない。「先を越された!」という悔しさである。


私も、フォントの自動生成を目論んでいた。仕様書の草稿がどこかへ行ってしまったので正確な時期は不明だが、1990~91年頃だろう。これは、中村隆生氏ほか数人にしか見せていない。
システムの名は「セフィロス」。ファイナルファンタジー・シリーズのキャラクターと同じ名だが、こちらの方がだいぶ早い。
今思えば、失敗の要因は仕様書を詳細に書きすぎたことだろう。実際に動くプログラムやデータの無い段階で長い文書を見せられたら、誰でもやる気を失う。


しかし、仕様書が先行したのにも理由があった。欧文アウトラインフォントを作ってみて、直線補間ではなく曲線データでやりたいと実感した。そして、曲線を扱うフォントエディタは自作不能。フォント自動生成と表示・印字のためのラスタライザも、私の技術で書ける代物ではない。
オモチャでいいから、自分の出来る範囲で試作するべきだったと後悔している。でも、やっぱり、それは違う。どうせやるなら、本当に実用レベルのフォントを生成できるほど洗練されたシステムを目指したかったし、事実、目指していた。
私が、事実上計画の破棄に至ったのは、Macintosh IIciを買って充実しつつあった日本語アウトラインフォントを目の当たりにした時だ。PC-9801やパーソナルワープロより遥かに進んでおり、近年中には主要書体が揃って、自動生成の需要は無くなるだろうと感じた。


だから、なおさら『書家万流』はショッキングだった。セフィロスほど複雑なアルゴリズムではないと思われるが、どうやらセフィロス以上にまともなフォントが生成できている。いや、1行のコードも1バイトのデータも無い我々には、比較できる材料など無いのだ。
しかしながら、『書家万流』もセフィロスのように頓挫した。


まったく個人的な憶測だが、『書家万流』が発売されなかった理由は、フォント自動生成の不調ではないと思う。当時、Macintoshの世界では日本語フォントが容易に作成できなかった。単に日本語フォントエディタが無いという意味ではない。確かにそれも無くて、欧文用の『FontoGrapher』等でバラバラに作成したものをまとめて(ロールアップという)日本語フォントにした。しかし、これがクセもの。
当時は、大手フォントベンダーでもアドビジャパンにロールアップを依頼するしかなかったという。これが、『書家万流』にとって障害なのは必至。自動生成した日本語フォントをフォントファイルとして書き出すことが不可能なのだ。
もっとも、それはPostScript Type1フォントの話であり、TrueTypeなら抜け道があったかもしれない。あるいは、それらとは別の第3のフォーマットも考えられた。ドライバさえ用意すれば、どのアプリでもフォントが使えるのだから。


フォントフォーマットを巡る政治的事情か、フォント自動生成自体の不具合か、『書家万流』頓挫の真相を知りたいものである。その後、フォントの自動生成が実用化されたという話は聞かない。ウェイト(線の太さ)の違い等、自動生成して手作業で修正するのは昔から普通だろう。しかし、デザイナーの手を介さず完成版フォントの自動生成となると、話は違う。複雑な要因が絡み、アルゴリズムを一般化するのは極めて困難だ。
ぜひともやってみたかった研究テーマだが、病気とは無関係に(病気以前に)破棄したので、どう転んでもセフィロスは実現していなかったろう。