【パソコン歴史浪漫】2 ●NEC史上最も拡張されたマシン、PC-8001 | サンロフトの本とテレビの部屋

【パソコン歴史浪漫】2 ●NEC史上最も拡張されたマシン、PC-8001

【パソコン歴史浪漫】2 ●NEC史上最も拡張されたマシン、PC-8001


第1回の続きである。次回以降は、もう少し後の時代の話になる。
一応この連載は、それぞれの製品のパソコン史上の意味とか、パソコン史のもしも、というのがテーマになっている。


1981年。日立が「ベーシックマスターレベル2」の上位モデル「レベル3」を、シャープが「MZ-80K2/C」の上位モデル「MZ-80B」を出したにも関わらず、NECはすぐには動かなかった。
レベル3は640×200ドット・文字単位8色で16KバイトGRAM。MZ-80Bは320×200ドット単色で8KバイトGRAM。1981年10月発表の東芝「PASOPIA」はレベル3同様の16KバイトGRAMだ。このあたりが1981年の標準といえるだろう。富士通「FM-8」は、ディスプレイ+プリンタ込みで148万円もする沖電気「if800 model 20」並の640×200ドット・ドット単位8色(48KバイトGRAM)を実現しており、別格の存在であった。


それに対し、PC-8001のグラフィックは160×100ドット・文字単位8色で、1行中20回しかカラー指定できなかった。VRAM2Kバイトとアトリュビュート1Kバイト。完全に1世代前の仕様である。
PC-8001は1979年5月発表、9月28日発売であり、時代遅れなのは当然だった。


NECが、1981年5~6月頃にグラフィック機能を強化した新型を投入しなかったのは、サードパーティ製の周辺機器の存在があったからだと思う。新しいライバルたちの優位性がグラフィックのみだったのも幸いした。


HAL研究所の「PCG8100」4万9800円は、8×8ドットのキャラクタを128文字定義できた。「PCG」はプログラマブル・キャラクタ・ジェネレータの略である。小さなキャラクタが動くだけの当時のゲームでは、グラフィック機能に匹敵した。PCG8100に対応した市販ゲームも何本か存在した。
グラフィック機能のまったく無いMZ-80K/Cシリーズ用の「PCG8000」4万4800円もあった。PC-8001用の方が高いのは、サウンド機能が付加されていたからである。九十九電機から、PCG8100の機能をN-BASICから使用するROM(9800円)も出ていた。
尚、後にPC-8801用の「PCG8800」、PC-8001mkII用の「PCG8200」も発売され、256文字定義できた。これらと「PCG8100」後期ロットでは、サウンドが1チャンネル→3チャンネルに強化されている。尚、PCG8800対応の市販ゲームは記憶に無い。


もう一つ、PC-8001のグラフィック機能を強化する周辺機器があった。
アイシーの「FGU-8000」3万9800円と、1981年11月発売(と思われる)「FGU-8200」4万9800円である。いずれも、640×200ドットのグラフィック機能が実現する。カラーについては不明だが、16KバイトGRAMなのでテキスト画面と共通のアトリビュートカラーだと思われる。
FGU-8000は、本体RAMからGRAMの16Kバイトを使うため、RAMを32Kバイトに増設していても半分食われてしまう。64KバイトRAMに対応したか等、詳しいことは分からない。
新型のFGU-8200はGRAM16Kバイトを内蔵しており、本体RAMを食わない。表示速度も約2倍に高速化されている。


同じくアイシーの「漢字拡張ユニットJWP-8200」25万8000円(1981年11月発売と思われる)は、JIS第1水準漢字ROM、64KRAM、RS-232Cインターフェース、PC-8031(FDD)インターフェース内蔵。ワープロソフトも付属していた。FGU-8000/8200と共に使用した。
「月刊マイコン」及び「I/O」各1981年12月号のアイシーの広告に、PC-8001フルセット+この2点を組み合わせて99万5400円で「100万円を切って新登場 本格的な日本語ワード・プロセッサとしてもご利用できます。」と書かれている。


FGU-8000の発売時期は不明だが、FGU-8200の存在意義は微妙である。FGU-8200発売の約2ヶ月前にPC-8801のスペックが発表されており、12月には出荷開始と予告されていたからだ。JWP-8200に至ってはPC-8801の本体価格さえ上回り、売れるとは思えない。
(1983年前後からの)市販ソフトの時代以前ならではの製品といえるだろう。後から思えば、高解像度グラフィックや漢字ROM利用のソフトは(PC-8001用ではなく)PC-8801用として出てくるに決まっているのだが、自作全盛時代の価値観は違っていた。


FM-8が、PC-8801登場までにPC-8001からシェアを奪えなかった理由は、それとは別のところにある。
第1に、PC-8001やMZ-80K/Cからの買換え需要に対応出来なかったことだ。当時は、ディスプレイ、プリンタ、FDD等、ほぼすべての周辺機器にメーカー毎の互換性が無かった。PC-8001のフルセットに70~80万円かけた人が、FM-8のために再び同額つぎ込めるか? という問題だ。機能は劣っていても、FGUでグラフィックを強化する方が現実的だったのである。現代の貨幣価値でいえば、フルセットは150万円以上に相当するのだから。
第2に、初心者が最初に買うパソコンとしては本体21万8000円はいかにも高いということ。現代でいえば40万円オーバーだ。1981年とは、大半の人がパソコンとは何なのか分かっていない時代である。機能より価格で選ばれて当然だった。
高級8ビットやPC-9801全盛時代には、いきなり高価なフルセットを買う人も多くなる。そういう意味でFM-8の登場は早すぎた。


ホビー用途ではPCG、ビジネス用途ではFGU。PC-8001用の2つの周辺機器が、NECに熟考する時間を与えた。これらが無かったら、即座に中途半端なPC-8001mkIIを出し、さらに1年ぐらい後にPC-8801を出す羽目になったかもしれない。
もしかすると、MZ-80B、PC-8001mkII、レベル3、PASOPIAが次世代(1981~83年)標準となり、高級8ビットというカテゴリーは生まれなかったかもしれない。MZ-2000、X1、FP-1100、PASOPIA 7、MULTI8は出なかったか、もっと低スペックで出た可能性がある。
FM-8は、後のFM-11みたいに「8ビットとしては高級すぎ、16ビットには及ばない」浮いた存在のまま廃れていたろう。そこで、歴史通りFM-7が出れば富士通の一人勝ちだが、ライバル機が揃って1ランク下のスペックなのだから、FM-7を出したかどうか分からない。


余談だが、レベル3の29万8000円→19万8000円の大幅値下げは、1981年11月頃のようだ。
「月刊マイコン」と「I/O」の広告を見ると、11月号では29万8000円を基本とし、26万8000円、24万5000円等の割引が一部で見られた。他機種が定価か若干値引きなので、異例の扱いである。
それが、翌12月号では、一部に29万8000円の広告が見られるものの、「ご奉仕価格」、「特価」、「レベル3の本体価格が大幅値下げ」等の記載とともに19万8000円となってるのである。FM-8に苦戦し、PC-8801発売間近となっては、止むを得ない決断だろう。発売半年で2/3になったマシンなど、他に知らない。