【パソコン狂時代】36 ●補足訂正1 | サンロフトの本とテレビの部屋

【パソコン狂時代】36 ●補足訂正1

【パソコン狂時代】36 ●補足訂正1


連載もほぼ中間点に来たので、これまでの補足訂正など。


不確かなものはその都度調べなおしたが、思い込んでいるものは誤って書いてしまった。現時点までに訂正が2つ。


1981年秋に地元OAショーで父が富士通のワープロ専用機「My OASYS」の印字サンプルを貰ってきたと書いたが、1年後の誤りだった。当時の印字サンプルが出てきて判明した。
『'82福井オフィスオートメーションショー』('82Fukui Office Automation Show)は57年9月14日(火)15日(水・祝)、福井県産業会館で開催された。
ワープロ専用機ではじめて100万円を切った「My OASYS」(75万円)は、1982年5月発売であった。
1980年代後半、液晶ディスプレイ(一部小型ブラウン管)+24ドット熱転写プリンタ内蔵のパーソナルワープロが全盛期を迎えるが、この頃はまだずいぶん高価だった。

尚、OAショーは、80年代後半(少なくとも88年以降)「ソフトウェアショー」と名を変えた。オフィス・オートメーションって死語だよなぁ。


もう1つ、PC-6001の現物を見ないで予約したと書いたが、件の展示会に現物があったようだ(デモだけで操作は出来なかった)。
古いパソコン雑誌はほとんど処分したが、『月刊ASCII』の100号、200号等の記念号は若干残してある。この手の号ではパソコン史を振り返るのが通例なので、今回の連載のために読み返してみた。そこで、私の若気の至りの投稿を発見。今の記憶より、12年前の記憶の方が正確だろうと判断した。


連載は時系列に従って進める予定だったが、順番が逆になったり、抜かして(忘れて)しまったものがあった。マイナー機種、周辺機器等だ。
実機を見るどころかカタログすら入手できなかった『バブコム80』とか、超高性能高価格パソコン『YAMAHA YIS』とか。


YISに関しては、今回調べなおしてみたが、半日ぐらい何も手につかないほどの脱力感を味わった。あったかもしれないもう一つの未来は、与太話で済ませるにはあまりに惜しい。いずれ書く(興味のある人はググってくれ)が、PC-100以上に驚くべきマシンだったのだ。これも時代のせいだろうか?
1983~84年頃からの高機能高価格時代ならば、売れる可能性があったかもしれない。
パソコンって、角を曲がるたびに可能性がつぶされ、矮小化していくようである。