【パソコン狂時代】35 ●8ホビーパソコンの頂点・パソコンテレビX1 | サンロフトの本とテレビの部屋

【パソコン狂時代】35 ●8ホビーパソコンの頂点・パソコンテレビX1

【パソコン狂時代】35 ●8ホビーパソコンの頂点・パソコンテレビX1


1982年10月14日発表、11月16日出荷開始のシャープ「パソコンテレビX1」は、後のパソコンに2つの大きな影響を与えた。


1つめは、「テレビとディスプレイの構造はほとんど同じなのに、なぜ共用できないのか?」という素朴な疑問の解決だ。
X1は共用にとどまらず、テレビ画面にパソコン画面を重ねて表示したり(スーパーインポーズ)、パソコン上でテレビの番組予約(録画予約ではない)や、キーボードでテレビのチャンネルや音量を操作可能にした。
NECはまんまパクった「テレビパソコンMr.PC(PC-6601SR)」や、テレビチューナー内蔵ディスプレイを出した。


2つめは、筐体の3色カラーである。ラジカセ等のAV機器では普通でも、パソコンで色違いモデルが出たのは初めてだった。
ローズレッド、スノーホワイト、メタリックシルバーの3色。スノーホワイトはほとんど売れずに後継モデルで消えたが、イメージカラーのローズレッドと売れ筋のメタリックシルバーはどちらも成功だった。赤は女性向けではなく「シャア専用」を意識したのかもしれない。
複数色発売はNECがPC-8201等ですぐにパクったが、他のメーカーは追従しなかった。次第に廃れていったが、数年前からまたノートパソコンでよく見るようになった。


パソコン史の中ではこの2つが革新的だったが、登場時はスペックそのものに最も魅力があった。
パーソナルコンピュータ+キーボードCZ-800C(15万5000円)、14型カラーテレビディスプレイCZ-800D(11万3000円)。これで268000円だが、なぜかグラフィックRAM CZ-8GR(3万2000円)が別売りだった。MZシリーズを踏襲したとも言えるが、単に安そうに見せるためだろう。どう考えても必須なので、これもセットでジャスト30万円となる。
スノーホワイトはオフィス向けを想定しており、その際はグラフィック無しでの使用もあり得なくはないが……。


Z80A/4MHz(ノーウェイト)、64KバイトRAM。
グラフィックは、日立ベーシックマスター・レベル3、富士通FM-8(という呼び方は富士通がダブるが)、カシオFP-1100等の高級8ビットパソコン標準の640×200ドット・カラー8色だが、機能面はPC-8801を強く意識していた。
タイリングペイント(中間色やハッチングで塗る)、瞬時に色を変えるパレト機能、VIEW/WINDOWに相当する座標変換機能等である。
加えて、多角形を描くPOLY、文字を縦2倍、横2倍、縦横2倍で表示するアトリビュート機能、テキストとグラフィックが重なった時の優先順位を決めるプライオリティ機能(PC-8801では常にテキスト優先)等があった。
中でもPCGは強力だった。256種類定義でき、カラーもドット単位で指定できる「キャラクターゼネレータ(原文ママ)」だ。これは、当初から高速なゲームを想定した機能と言われた。
尚、漢字ROM(JIS第1水準)CZ-8KR(3万8000円)は、PC-8801用と同価格だ。


サウンド機能はPSG(SSG)音源の3和音。PC-6001と同じである。
MZシリーズ同様「高速カセットレコーダー」を内蔵し、そのスピードはなんと2700ボー。MZと同じクリーンコンピュータなので、その高速性は重要だ。
BASICはMZのS-BASICではなく、ハドソンのHu-BASIC(ヒュー・ベーシック)。これは話題を呼んだ。Hu-BASICはソフトハウス製BASICとして、MZシリーズ用に売られていたからである。
本体とキーボードを接続するカールケーブルはPC-9801以上に細かった。カタログには、キーボードを本体から50cm以上離して操作する写真が載っていた。


カセットテープ前提のパソコンだが、本体とディスプレイの間に収まる薄型FDDはデザイン性が高かった。
5インチ2DデュアルドライブのCZ-800F(19万8000円)は比較的安価だが、接続にはFDDインターフェースCZ-8FA(2万4000円)と拡張I/OポートCZ-8EP(1万1800円)が必要だった。拡張I/Oポートは本体背面内に収まるので、単にコスト上の理由でオプションになったのだろう。
ちなみに、PC-8801ではこれらが標準装備だ。PC-8001/8801のFDDはCPU内蔵のインテリジェントタイプなので、割高にならざるを得ない。


X1ならではの周辺機器に、デジタルテロッパCZ-8DT(8万9800円)があった。コンピュータ画面のビデオ録画や、ビデオ画面とコンピュータ画面を合成したものをビデオ録画できた。追加発売ではなく、本体発売時から用意されていたのは凄い。
ビデオデッキ自体、実売10万円程度まで下がってようやく普及し始めた時期である。まだVHSとβが対等な頃だ。レンタルビデオも無かったし(大都市圏ではあった?)、友人知人ではまだ誰も持っていなかった。そんな時代に、デジタルテロッパとは!


まことに素晴らしいX1だが、気になる点もいくつかあった。
BASICによるプログラミングがパソコンの主な娯楽だった時代に、いちいちカセットテープからBASICをロードするのは煩わしい。MZ派には気にならないだろうが、1982年11月時点でクリーンコンピュータは少数派(実質シャープのみ)だった。
あと、640×400ドット非対応(テレビとの両立のため断念されたという)もだ。縦200ドットだと、ワープロではわずか12行表示。メニューやカラムで1行分削られるかもしれない。また、漢字がびろ~んと縦に伸びるのは美しくない。
そして、値段が結構高い。特に、テレビ関係以外同等のFM-7に比べ割高だ。互換性の無い新型としては厳しい戦いが予想される。FM-7は、FM-8とある程度ハード、ソフトの互換性があると期待された(実情はよく知らないが)。


当時のX1のカタログには、テキストやグラフィックの画面写真が並んでいたが、ゲームは当然まだ無かった。1983年以降、高速性を活かしたゲームが次々登場するとは、この時誰が予想出来たろう?
時代は、MZ-2000よりX1の方へ向かって動き出しつつあった。