【パソコン狂時代】34 ●運命のいたずら ~TH14-NM3Gとの遭遇 | サンロフトの本とテレビの部屋

【パソコン狂時代】34 ●運命のいたずら ~TH14-NM3Gとの遭遇

【パソコン狂時代】34 ●運命のいたずら ~TH14-NM3Gとの遭遇


PC-9801の後か前かは覚えていないが、11月発売のシャープX1よりは確実に前の話だ。
地元ショッピングシティー・ベルの2階に、パソコンコーナーがあった。あのことが無かったら、存在すら忘れただろう小さなコーナーだ。珍機種や高級機があるわけでもなく、特別安いわけでもない。いつもベルに行ったついでに覗いてみる程度だった。


ある日、そこで展示品のディスプレイ、ナショナルTH14-NM3Gが現品処分で売られていた。1600文字表示と思い込んでいたのだが、JR-200のカタログに「1400文字表示」と書かれていた。店頭や当時の雑誌で「1600文字」と読んだ気がするのだが……。
値段は5万円強。定価7万9800円だから破格とはいえないが、同程度のスペックのディスプレイは10万円近く、割安感があった。展示品とはいえ、ごく短期間しか使われていない(2~3ヶ月?)ことも分かっていた。


デザインも気に入っていた。今のテレビや液晶ディスプレイは、画面の周囲を枠が囲む左右対称。しかし、当時は昔のテレビ同様に右側の枠が太く、スイッチ類が付いていた。NEC純正品だってカッコいいとは言いがたい。
ナショナルTH14-NM3Gは当時としては珍しく、周囲を細めの枠が囲んでいるだけの洗練されたデザインであった。


高校へ入ったらPC-8801を買うというのは、うちでは決まっていたことなので、一足早いがこの現品処分を買うことにした。
年に1度のマイナーチェンジなんて無い時代。次にどんなパソコンやディスプレイが出るか分からなかったが、次々に新型が出るという流れも予想できなかった。
半年寝かせてもTH14-NM3G以上の買い得品が出なかったのは救いだが、後々、この時の決断に縛られる羽目になるのだ。結果的には同じだったかもしれないが、選択の幅を狭めたのは失敗であった。


地元だるまや西武にPC-8801が入ったばかりの頃、日曜日は毎週のように開店前から並んで午前中いっぱいマシンを占領した。毎週といっても、せいぜい4回か5回だろう。
その上マニュアルまで買い込んだりして、PC-8801にのめり込み過ぎた。若気の至りだ。
当時集めていたカタログの裏面の販売店ハンコ欄に「だるまや西武」のものを見つけたが、家電売り場ではなく「7階文具売場」と書かれていた。考えようによっては文具に近い。


むろん、PC-6001は連日のように使っていたが、これ以上、ここに金をつぎ込もうとは思わなくなっていた。愛着が無くなったわけではないが、FDDは中途半端な容量だし、小型の40桁サーマルプリンタ(感熱式)はオモチャ同然だし、RAMを32Kバイトに増やしても出来ることは変わらない。本体が高機能でなければ、何も始まらないと思えた。


この直後、FM-7とX1が登場するのだ。
FM-7は、FM-8の2倍速に高速化され(実際に倍速が出たかは不明)、PC-6001と同じ8オクターブ3重和音のPSG(後にSSGと呼ばれる)が載った。一方、バブルメモリーやアナログポートというFM-8でほとんど使われなかった機能が削られた。それで、FM-8の21万8000円より10万円近く安い12万6000円の超破格!
ただ、PC-8801のような640×400ドット表示には対応しなかった。まあ、値段以外は想定内である。
FM-7は、なんと22万台が出荷された大ベストセラーモデルである。そして、長く続くFM-7シリーズの原型でもある。スペックは近いものの、FM-8だけ互換性が低く浮いた存在になってしまった。
FM-7の高機能&圧倒的コストパフォーマンスを思うと、PC-8801やX1を窮地に立たせなかったのは不思議なほどだ。


しかし、もう一台のシャープX1は想像すらしない伏兵だった。同じシャープでもMZとは別の事業部というのも驚きだが、スペックこそが驚きであった。1983年のパソコンゲーム開花の中で、その真価が発揮されることになる。