【パソコン狂時代】33 ●MZ-2000最強伝説 | サンロフトの本とテレビの部屋

【パソコン狂時代】33 ●MZ-2000最強伝説

【パソコン狂時代】33 ●MZ-2000最強伝説


PC-9801の話の前に書いた方がよかったが、仕方ない。


NEC PC対SHARP MZの対立の面白さは、互いに真似をしない新型を投入していったところにある。パワーオンBASICのPCと、クリーンコンピュータのMZという設計思想の違いだけでなく、2社の方針はことごとく違っていた。


本体+ディスプレイ+カセットデッキのオールインワンのMZ-80K(1978年12月)/C/K2に対し、NECはセパレートでセミグラフィック&カラー表示対応のPC-8001(1979年5月)を出す。


しかし、MZ-80B(1981年4月)では、グリーンディスプレイ一体型でグラフィックはオプションのまま。
カラーグラフィックもオプションで実現したが、Z80A/4Mz内蔵のインテリジェント・カラーディスプレイ(26万2000円)+インターフェースセット(3万2000円)が必要だった。PC-8001+中解像度カラーディスレイが買えるほどの値段である。
とはいえ、PC-8001のカセットが600ボーなのに対し、2000ボーと3倍以上速く、CPUがノーウェイトかどうか不明だが、処理速度も速かった。RAMも64Kバイト(PC-8001は標準16Kバイト、最大32Kバイト)の大容量だ。


PC-8001がオフィスに置けるカラーリングなのに対し、MZ-80Bはポルシェ930ターボをモチーフにしたと言われるシルバーの洗練されたデザインだった。
オールインワンで27万8000円というのは、本体のみで16万8000円のPC-8001とコストパフォーマンスでは同等だろう。
MZ-80K/Cシリーズでさえサウンド機能があったのに、PCはPC-6001系以外は長い間ビープ音のみだという違いもあった。
PC-8001を選ぶか、MZ-80Bを選ぶかで、好みの違いがはっきり出る。私ならPC-8001を取るが、伯父はMZ-80Bユーザーだったなぁ。
うちのクラスではMZ派が2人しかおらず、うち1人がなぜかPC-6001ユーザーであった。しかし、特別PCを支持する人も少なかった。なんだか、今のMacintoshとWindowsの関係みたいだ。


1982年7月、MZ-1200とMZ-2000が登場する。
MZ-1200はMZ-80K/Cシリーズの後継モデルだ。このシリーズはMZ-80C以外、キートップの頭が平らでキーが碁盤の目のように並んだ独創的なキーボードだったが、MZ-1200は普通のタイプになった。しかし、テンキーに見える一群が従来と同じグラフィック・キャラクタ。フルキーで4段分の高さに5段詰め込んだ4×5=20キー。互換性確保のためとはいえ、異様なものである。
14万8000円はMZ-80K2Eと同じで、Z80/2MHz、32K RAM等、スペックも同じだった。ディスプレイが白黒からグリーンへ変わったが、これもMZ-80Cと同じ。MZ-80Cのリニューアル版と言えそうだ。


MZ-2000(21万8000円)はMZ-80Bの後継モデルであり、PC-8801の対抗機でもあった。
10インチグリーンモニター&2000ボー・カセットデッキ内蔵で、Z80A/4MHz、RAM 64KバイトもMZ-80B同様。グラフィックはオプションながら640×200ドットモノクロと、外付ディスプレイで同カラー8色もサポート。
外付ディスプレイ無しでは、MZ-80Bの320×200ドットから解像度が横2倍になっただけである。
コストパフォーマンスではPC-8801と同等だが、大きな欠点が1つあった。オプションですら漢字ROMが無いことだ。後々書くが、後の16ビットボード用のオプションとしてようやく登場する。
当時、パソコン用ワープロソフトの実用性はほとんど無くFDDも必須となるため、漢字ROMだけあっても役に立たなかった。カセットテープ版のワープロソフトもあったが、かな漢字変換辞書はオンメモリ。使い勝手は推して知るべしだ。


標準装備かオプションかが意味を持つのは、市販ソフトが主体になる1983年以降である。それ以前は、最小構成を安く提供する方が重要だと考えられた。
しかし、1983年以降、8ビットパソコンの評価は市販ゲームソフトの充実度が重視されるようになる。
1981~82年の市販ゲームはどれも単純なピコピコゲームで、パソコンの性能差は表れなかった。1つのゲームがほとんど同じままPC-8001、MZ-80K/C、MZ-80B、FM-8等へ移植されていた。
FM-8でも出たと思うが、PC-8801では640×200ドットカラーを活かした麻雀ソフトが出て、高解像度カラーグラフィックの威力を見せつけたが、しょせんはその程度。文字だけしか表示できなくても麻雀はできた。
ただ、その先の時代へ進んだ時、(8ビット最高速でありながら!)MZ-2000のゲーム環境は貧弱で、日本語ワープロも実現困難であった。発売半年~1年で、世間の流行からズレてしまうのである。


周辺機器を含め、拡張はステイタスであった。増設RAM、GRAM、漢字ROMでさえ数万円。プリンタは10~20万円。FDDに至っては30万円だ。
MZ-2000でライバル機並みのことをするには、やたらオプションが必要だが、欠点というよりそういう時代だったのだ。
今では、すべてが安くなったので、ハイエンドPCでもステイタス感は無い。少し前、「初代MacBookAirでSSDを選択すると40万円になった」というのが、ステイタスを示す最後のエピソードだろう。
「最高のマシンは、最悪のヤツが所有する」なんてマーフィーの法則にもあったなぁ。それほど、上位機種への憧れは強かった。字面通りの意味以外、「最高のマシンを持つと妬まれる」とも取れる。


尚、後継モデルMZ-2200は基本スペックをそのままに、カセットデッキとディスプレイを分離したセパレート型になった。ベーシックマスター・レベル3と同じような筐体だが、奥行きがやや短く後部上面に吸排気スリットがあるので、上にディスプレイを置くことはできない。
その後、MZ-5500、MZ-2500と、名機でありながらヒットせずに終わる不遇が続く。最強のMZ-2000によってMZシリーズ失速が決まったのは皮肉である。