「可愛い女」
作者:アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ
場所:ロシア
時期:1899年(チェーホフ39歳)
「可愛い女」の「女」には「ひと」というルビがふられている。
なので、かわいいひと、という小説である。
本作品は30ページの小編であるが、とても手際のいい作品だと思う。
「しょっちゅう誰かしら好きで堪(たま)らない人があって、それがないではいられない女」(P95)であり、誰からも「可愛い人ねえ!」(P96)「可愛い女だなあ!」(P97)と愛された一人の女性の人生が端的に、過不足なくまとめられている。
短い作品ということもあって、主人公の女性がデフォルメされすぎているように思える部分はあるのだが、かわいいひとは、愛した男と主義主張が同化するような、それでいて自分自身はからっぽである、おろかな人でもあった。
けれども、彼女の人生の終盤において、
「ああ、どんなに彼女にはこの子がいとしいことだろう!彼女がこれまでに覚えた愛着のなかには、これほど深いものは一つとしてなかったし、また日一日と胸のうちに母性の愛情がつよく燃えあがってゆく現在ほどに、彼女がなんの見さかいもなしに、欲も得もはなれて、しん底からのうれしい気持で、自分の魂をささげきる気になったことは、後にも先にもただの一度もありはしなかった」(P119-120)
という境地にいたる女性の姿に、誰かを愛する女性は美しく、神々しいものであった、ということを思い出した気がした。