資本主義の方程式
――経済停滞と格差拡大の謎を解く
「生産能力の巨大化に伴って人々の欲望がモノからカネに移り、生産能力がそのまま実際の経済活動となる成長経済から、長期的に総需要が不足して生産能力が十分に発揮されず、失業と経済停滞に悩まされる成熟経済」(P21-22)に移行した日本では、従来の経済政策がなぜ効果を上げないのかという原因の分析に始まり、「第6章 政策提言」
(P185~)に至る、理論から実地へと踏み込む、非常に読みごたえのある、本格的な経済学の一冊である。
かいつまんでいえば、成熟経済では「貧しいうちは衣食住など必需品の消費を確保することが重要だが、豊かになると人々の消費欲求はほぼ満たされ、さらに消費を増やすことへの欲望は下がってくる」(「はじめに」Pⅳ)のに対し「資産については、国内外の億万長者がさらに資産を増やそうと競っているように、資産への欲望は減退しない」(「はじめに」Pⅳ)という特徴がある。
そこからどのような経済政策に対する効果が生まれるかと言えば、例えば2020年4月に行った全国民1人当たり10万円、総額12兆円にも上る巨額のばらまき政策を行った結果、被害を受けた人々には到底足りず、被害を受けなかった人々は貯蓄に回すだけで全く無意味であった。また、政府はGoToキャンペーンと銘打ち、被害産業に対する分配政策として、消費者向けに観光や外食の大幅割引を行ったが、感染症への不安はなくならず営業時間の制限も続けていたため、観光や外食への需要が本格的に回復するはずはなく、もともとコロナ禍を押して、無理にでも行こうとした人たちが安上がりに済んだ、というだけである。(P131-132趣意)
また、カネ余り現象は、消費の刺激には結びつかず、2020年以降、コロナ・ショックの影響で消費は低迷しているのに株価は高騰を続け、2021年4月には3万円を超えるまでになった。このように、長期不況下の日本では、株価と実体経済はまったく無関係に動いている。(P68 趣意)
本書が優れているのは、上にも書いたような経済事象を説明するのに、マクロ経済学における基本方程式を使っているところである。
この方程式自体は、マクロ経済学をかじったことがある人なら、当たり前のように見かける方程式であり、成熟経済においては、どこの変数部分に影響があり、だから、本来、消費の刺激に通じるはずの経済政策が無効になるんだよ、という説明が、納得できる形で描かれている。
そのため、肌感覚と違う説明をされた時に、その数式を頼りに考えることができる。
「消費税増税が消費を引き下げるという主張が正しいのは成長経済だけであり、成熟経済では成り立たない」(P85)と言われると、文章の説明だけでは、最初はそうかなあと思うけれど、方程式を元にした説明から丁寧に考えていくと、理屈としては納得できるようになる。
そして、考えてみれば確かになとうなずけることが多かった。
成熟経済における経済の全体というものを、コンパクトにまとめあげ、体系的に提示している。
そして、著者がそれが机上の空論ではないことの証左として、政策提言まで行っているのである。
成熟経済における経済問題というのは、もちろん日本一国の問題ではなく、先進国に共通する問題である。
特に経済成長という面では、日本のかつての栄光、というようなことをよく年配の人から耳にするが、なにも長期の経済不況の原因は、現代の日本人が怠けているためではなく、構造的な問題がそこには内在しているのであって、それは日本だけの問題ではない、ということもよく理解できた。
最後に、これだけの見識を持っている著者について、いったい何者なんだろうと思い調べてみた。
巻末の著者略歴では、大阪大学名誉教授という肩書が載っている。
Wikipediaによれば、内閣府の経済社会総合研究所長を歴任しており、菅直人元首相の経済政策のブレーンであったそうである。
首相としての菅直人は全く評価していないのだが、菅直人個人とはまったく無関係に、首相のブレーンまで務めた人だったのかと、納得がいった。
新しい時代には、新しい経済政策が必要であり、国民に説得力のある新しい経済理論が必要であると思う。
本書を読み終わった今、まさにそのうちの一冊がこれであると思った。
非常に骨が太い読書であり、このような一書に出会えたことは幸福なことであると思う。