マーク・マゾワー「バルカン」 | 世界文学登攀行

世界文学登攀行

世界文学の最高峰を登攀したいという気概でこんなブログのタイトルにしましたが、最近、本当の壁ものぼるようになりました。

バルカン
――「ヨーロッパの火薬庫」の歴史


中公新書では珍しいと思うのだが、この本は、イギリスで教育を受け、現在コロンビア大学で教授職にある人によって書かれた本である。それを井上廣美という人が訳している。


副題にある通り、バルカンと聞いて思い浮かぶのは「ヨーロッパの火薬庫」というイメージくらいだろうか。
近現代でも、民族対立が激しく、血なまぐさい、という印象がある。


そもそも「バルカン」というのは「最初は山脈を指すのに用いられた名称だった」(P3)らしい。
それがヨーロッパの方で南東ヨーロッパのあたりを指す言葉として定着してきた頃にはすでに「暴力、野蛮、未開といった他に類を見ないほどの否定的なイメージをまとっていた」(P7)そうだ。
つまり「バルカン」という言葉の響きにはその発生時から固定観念が含まれており、そこに、さまざまな血なまぐさい歴史の印象を積み上げてきたのが、現代に残る「バルカン」の言葉のイメージなのだろう。


本書では、そんな南東ヨーロッパという地域を指す名称に過ぎないはずの「バルカン」の実際の姿はどうなのだろうか。本当に「ヨーロッパの火薬庫」と言われるような地域なのだろうか、という視点から歴史が語られる。
オスマン帝国時代の統治、イスラム教とキリスト教、フランス革命以降の民族主義、二度の世界大戦。
近現代を語るためには、西欧の歴史がダイレクトに現代につながっているし、学ぶ価値が大いにあるということを改めて実感させられる。
とはいえ、今まで何冊か読んできたヨーロッパの知識を総動員しても、バルカン半島は遠い。
セルビア、ルーマニア、ブルガリア、マケドニア、アルバニア、ギリシャ、当たりの話しはごちゃごちゃになってしまう。(ブルガリアはヨーグルトの国やろ。マケドニアはアレキサンダー大王のとこやろ。アルバニアはシルバニアファミリーとなんか関係あるんかな、というどうでもいい情報で識別するレベル)なかなか読むのに難渋したが、大事なのは、バルカン半島の特質性というのは、地域で単独で発生した特異なものではない。かつて隆盛を誇り、斜陽となっていたオスマン帝国を、強大な軍事力を誇る西ヨーロッパの列強が侵食してきたことが、複雑に絡み合って生まれてきたものであることを理解しなければいけない。


本の内容は、もっと知識がある人にこそ、耐えうる内容かと思うが、知識がほとんどない僕は割り切ってこう考える。
表層的には、正義と悪が明確に見えるものにも、その根っこにはいろいろあるのかもしれない。
この「いろいろあるのかもしれない」ことが世の中にはたくさんあるんだろうなあというのがこの本を読んだ収穫である。


正直に言うと、この本、自分の個人的な事情(ボルダリングにはまっているのに、さらにヨガにはまってしまう)で通読に1ヶ月以上かかっており、1冊を通じて記憶が曖昧になっていることも多い。
しかし、バルカンという地域の本を読んだことで、また一つ、僕の世界地図に光が灯った。
知識が増えれば増えるほど、知識との関連に注意を払ってしまい、読むエネルギーが多く必要になってしまうこともある。
しかし、興味というのは学ぶことの入口だと思う。学ぶ意欲の湧く、読書であった。




バルカン―「ヨーロッパの火薬庫」の歴史 (中公新書)/中央公論新社
¥994
Amazon.co.jp