P101-200
移動時間、仕事の切れ間、寝る前など、ちょっとした空き時間を見つけてはせっせと読んでいる。
一回の読書で読める量は5ページとかだったりするわけだけれど、その5ページで、意識の中にある風景ががらっと入れ替わる。
本の世界に入り込める。
煮詰まった思考回路が一瞬でリフレッシュされる。
小説とは、文章のつながりである。
それは論理のつながりでもあり、どれだけ激情にあふれたものだとしても、視覚を通じて脳に働きかけるに過ぎない。
それなのに、記述を通じて、心細い時に気が遠くなる気分や、群集の中で熱狂していく様子など、自分の中にある経験を呼び覚まされて、自分の五感を刺激する。
ただ本を読んでいるだけなのに、この圧倒的な肉体的体験はどうであろう。
物語に出てくる人間たちは、善人も悪人も、あまりに人間的だ。
「悪に通ずる道は広いが、坦々とした道とは限らない。その道にはその道なりに障害が結構あって凹凸(おうとつ)に富む。下へ下へと下がるにせよ、それなりに面倒もあり難渋を余儀なくされる道程である」(P150)
という記述など、悪を悪として切り捨てない。
それもまた人間の一面であることを、物語は教えてくれる。
何の変哲もない、人間の描写が、なぜこれほどに面白いのだろうか。
そこが著者のわざであると言えばそれまでだけど、会話の一端、微妙な表情、しぐさ、一瞬の感情の揺れ、どこをとっても、ありふれた人間の姿であり、なぜかドラマチックなのである。
目まぐるしいストーリーの運びでぐいぐい引っ張っていくのではなく、丹念な記述の積み重ねで読者を魅了するような作品を読むと、文学って素晴らしいな、力があるなと改めて思ってしまう。