「やぁやぁみなさん、どうもお待たせして」
かすれた、だがそれでいて大きな声が、集会室に響いた。
ミハラさんだ。
ミハラさんは、巨体を持て余すようにのしのしとゆっくり歩く。
年齢は70歳前後。
歯はところどころ欠け、しゃべるたびしゅうしゅうと息が漏れる。
声は酒焼けでかすれているが、不思議とよく通るので遠くからもはっきり聞こえた。
自重でいためた膝のせいでちょっとの段差もしんどそうで、自然と歩みは遅くなる。
分厚いレンズのおかげで眼がやたらと大きく見えたが、かたわらを通り過ぎる時に見た横顔に収まった眼は驚くほど小さかった。
ミハラさんは自治会長である。
それも、もう10年以上も再任を繰り返している。
だから我がシーサイドハイツでは、
自治会長=ミハラさん
という図式が成り立っていて、皆「ミハラさん」と呼ばず「自治会長さん」と呼ぶのが通例になっていた。
その時も何人かが「自治会長さん」と呼びかけていた。「皆、待ってましたよ」と口々に言う。
前期の会議終了後、トイレにでも行っていたらしい。
ミハラさんは待たせた事を再度詫びながら、最前列の席まで戻ると、笑顔を浮かべたままこう言った。
「私、今回で自治会長を辞めますんで…」
集会室にどよめきが走った。
<続く>
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