プロローグの2 | 日陰で絵日記

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イラスト描きとその家族の日記

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 ボクたちが住んでいるマンションには、「餅つき大会」がある。

 中庭でついたモチとトン汁を会場に訪れた住民に振る舞う、マンション自治会主催の恒例行事だ。


 今を去ること約2年前。


 20101月の「餅つき大会」で、その事件は起きた。

 ボクたち家族も中庭でモチを食べていたが、マヨとむーちゃんはモチを家に運ぶ為に中座し、会場にはボクとアトくんだけが残った。



 当時、アトくんはまだ1歳にもなっていない。


 抱っこしたまま軽くお酒もいただいて、ボクはちょっとばかり上機嫌だった。



 周囲には大勢の住民がいたが、知り合いは一人もいない。



 結婚とマンション入居は同時だったので、入居から2010年当時でも5年近くが経過していた。

 しかし、職場と自宅を行き来する毎日であるボクは、隣に住む人の顔も名前もろくに覚えていない。






 「助けてください…」




 弱弱しいSOSに気付いたのは、ボクではなく隣に座っていた住民だった。


 「なに? なにかあったの?」



 大声でそう叫び返すのは、相手が二階の渡り廊下にいたからだ。


 小柄な老婦人が、廊下の柵に身を乗り出していた。その顔は、今にも泣きだしそうだった。




 隣に座っていた住民がボクの方を見てから、立ち上がった。

 流れでボクも立ち上がらざるを得なくなった。

 大柄で50がらみのその人の事を、ボクは知らない。



 部屋に入ってすぐに事態が呑み込めた。


 老婦人の、おそらくは夫であろう老人が、モチを喉に詰まらせたのだ。



 苦しんだのがもう随分前であろう事も推察できた。

 今、老人は仰向けに寝転んだまま、身じろぎ一つしない。

 顔色はドス黒い紫色で、素人のボクの目から見ても危険な状態である事は間違いなかった。



 ボクたちは見知らぬ同士のまま、老人を助けようとあがいた。




 やっと救急車が到着したのは、もうへとへとで肩で息をするようになった頃だ。




 ボクらが部屋に入るのと同じ頃に誰かが通報してくれたらしい。


 それにしては来るのが遅過ぎる!


 そう思ったが、実のところ通報から到着までは10分もかかっていない。




 人命救助の緊張感と体力の消耗が、体感時間を飴のように引き延ばしていたようだ。









 <続く>  






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