女神の空域(優世代戦闘機・姫3話) | こころ癒し言葉〜心の進化の為に〜

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心不全直腸がん術後転移してステージ4。
浜松の精神障害者。
イラストと詩と小説を書きます。
言葉使い師。魔法使いです。
コメント大歓迎!
インフルエンサーじゃなく、パイオニアになりたい。

「悪意の花が咲く・・・」


ビーッビーッビーッ!

アラート!アラート!

「大尉!」
「ブレイク!」
「チャフフレアを!」

「わかっている!」

ビーッビーッ!

後方から迫るレーダーミサイル。
姫Ⅱ型1番機が回避行動をとる。
右に急旋回、推力アップ。
スロットルを開き、操縦桿スティックをねじる。
青色有機LEDディスプレイ上で、液晶ゲージと文字が狂ったように踊る。
酸素マスクが息苦しい。呼吸が乱れる。
脂汗が流れる。
空が青い、まるで空戦なんて愚かなおままごとだとでも言いたいように。
眼下に見える白い雲の隙間から、ニーゲン国の陸地が見える。
あれは島だろうか、海が青く光っている。
太陽の光がギラつき、ヘルメットバイザーの細かい傷に反射している。
昼から何も食べてないな、朝食はサンドイッチとミルクの簡単な食事だった。
すきっ腹から胃液が逆流してきた。
妻と最後に交わした言葉は何だったろう。
思い出せない。
女性整備士の黒井ちゃんの笑顔が脳裏に浮かんだ。
最後に見た顔は、黒井ちゃんの笑顔か・・・
この空には、女神は住んでいるのだろうか。

ビーッビーッビーッ!

「くっ!」
「ダメだ!よけきれない!」

ヒュン・・・

ガスン!

双発動機の排気ノズルに着弾した。
機体が一瞬で炎に包まれる。

ボワッ!

「うわ!」





「!」

がばっ!

「はあ!はあ!」

呼吸が苦しい、簡易ベッドから飛び起きる。

ちゅんちゅん

「夢かよ」

「なんですか、大尉殿」
「悪夢ですか」

上段のベッドで寝ていたペアの佐野中尉が話しかける。

「・・・・」

右手のひらを顔に押し当てて、少し考えてから。

「ああ」
「撃墜される夢を見た」

「それで、ベイルアウトはできたんですか」

「いや」
「そんな暇はなかった」
「二人そろって戦死だよ」

「それだったら今頃戦没者名簿に名前が載ってますね」

「まったく、悪い冗談さ」
「狩られる奴の気分ってやつを味わったよ」

朝の陽ざしがカーテン越しに窓から差し込む。
ルームエアコンがノイズを立てて冷たい冷気を送っている。
佐野中尉がつけのだろう。

航空戦闘機がとる空対空戦術の基本はドッグファイトだ。
犬が相手のしっぽを狙い、追いかけっこをするように。
互いに後ろを取り合い、追いかけっこをする。
後ろを取るものが勝負を制するからだ。後ろを追従するほうが、軌道修正がしやすい。
この時の互いの航空軌道がハサミに見えることから、シザーズと言われている。
レーダーミサイルは全方向狙えるが、赤外線誘導ミサイルは排気ノズルの放熱を感知するから、後方からしかロックオンできない。

隣国、重帝国(ジューテイ)との紛争はまだ続いている。
もう今では、誰も争いの原因を語らなくなったが。
きっとくだらない理由なのだろう。
水面下では、一部の政治家が和平交渉をしているようだが。
戦争肯定派が徴兵令に賛同して、国は戦意が高揚している。
士気が高まるのは良いことかもしれないが。
キナ臭い臭いは、ハイエナが喜ぶ土壌を産むものだ。
武器商人と棺桶屋が喜んでいる。

食堂で朝食をとる、真っ黒い整備ツナギを着た、女性隊員の黒井ちゃんが話しかけてくる。

「あはようございます寺田大尉」
「私が言っていた提案、受け入れてくださいましたか?」

「おはよう黒井曹長」
「あの話か」
「ダメだ、私には向いてないよ」

「なんですか大尉殿」
「内緒話ですか?」
「顔が赤いですよ」

隣で配膳トレイをもって突っ立っている佐野中尉が茶々を入れてくる。
黒井ちゃんの顔が赤くなってふくれっ面になった。
可愛い・・・泣きぼくろに目がいってしまう。

「違います!」
「任務に関係するお話です」
「寺田大尉の機体に撃墜マークを描かないのは何でですか、という話です」

「だから、それは私の性分ではないと言ったろう」
「手柄をひけらかすのは好きじゃない」

「え~っ?」
「戦意高揚のためにも」
「部隊の士気高揚のためにも」
「有効だと思うんだけどな~」

三人揃ってトレイを持って突っ立っている。

「自分も大尉殿の戦果報告が楽しみなひとりですよ」
「知ってるんだけどね?」
「それより大尉、なんですかそのメニューは」
「朝からコタツ芋ですか」

間髪入れずに非常招集ベルがけたたましく鳴る。

急いでロッカールームで気圧服(パイロットスーツ)に着替える。
夏でも長袖だから暑い。

「急げ佐野中尉」
「敵さんは待っちゃくれないぞ」

空軍基地に警報サイレンが鳴り響く。

「敵機襲来!」
「滑走路上の隊員は直ちに退避せよ!」

外部スピーカーからノイズまじりのかん高い黄色い声が聴こえる。
女性航空管制士の新居少尉の声だ。
敵軍、重帝軍の空対地攻撃機小隊の対地攻撃。
レーダーの網をどうやってかいくぐって来たんだ。
高空に敵戦闘機編隊の影が小さく見える。
佐野中尉が隣で叫ぶ。

「大尉殿!」
「クロたんが滑走路に出たまんまです!」

目を凝らしてみると、真っ黒い整備服を着た黒井ちゃんが、急いで私の1番機に赤外線誘導ミサイルを取り付けようとしている。
戦闘機ハンガーの中から、退避している数人の整備兵が滑走路を見て叫んでいる。

「無茶だ!」
「黒井曹長!」
「もう間に合わん!」

金属音の爆音がする。空が曇り空になった。
雲の隙間から太陽光が差している。
にわか雨だ。遠くで雷鳴が聴こえる。
基地配備の地対空ミサイルが発射される。駄目だ、当たらない。
白い煙とけたたましい爆音を奏でながら、空を虚しく舞う対空ミサイル。

「来るぞ!」
「各自防御!」

ドドッドーーン!!

爆弾投下だ。
隣のハンガーが吹っ飛んだ。もの凄い地響き。
滑走路上に駐機している2番機が破壊された。オレンジ色の炎をあげて燃えている。
小林中尉と相原中尉が搭乗していたはずだが・・・
対空機銃銃座に敵機の20ミリバルカンの対地地上掃射。
金色に光る薬きょう(カートリッジ)が無数に落ちてくる。
鉄の機銃銃座が粉々に砕け散る。
血しぶきが上がる。

敵攻撃機の対地攻撃の中、爆炎の中、黒井曹長が一人で武装作業をしている。

「なんて肝っ玉だ・・・」

私は口をあんぐりとあげた。

「寺田大尉~!」
「佐野中尉~!」
「仏魂飛行小隊・姫Ⅱ型1番機、発進よろしっですよ!」

黒井ちゃんの真後ろで真っ黒い爆炎が上がる。
顔が真っ黒にすすけている。
片手でピースサインを作り、ニコッと笑ってウインクをしている。
佐野中尉も口を開けて見とれている。

「いくぞ!佐野中尉!」
「滑走路を開けろ!」
「1番機が発進するぞ!」

急遽スクランブルになった。
後部座席に乗り込んだ佐野中尉が手を振っている。

「愛してるよ!クロたん♡」

「やだあ!気っ持ち悪いい!」

黒井ちゃんが佐野中尉にあっかんべーをする。
タキシングまで数秒。
黒井曹長が敬礼をしながら叫ぶ。

「二人とも、愛してます!」
「ご武運を!」
「生きて帰ってきてください!」

投げキッスをして、タイヤ止めを外してから駆け足で退避する。
副座式コックピットキャノピーを閉める。
男性オペレーターの伊藤さんの声が聴こえる。
ノイズが交じって無線がよく聴き取れない。

「キンモクリーダー、発進してください」
「滑走路は条件付きでクリアです」

「OK」
「2番機はどうした」

「2番機は撃破されましたが、搭乗員は二人とも搭乗前で無事です」
「援護に3番機4番機が上がります」

「ほかの空軍基地からの交信は」

「無線に応答なし」

ドーン!!

ビリビリと機体が揺れる。
後方で3番機の爆発。

「大尉!」

「かまわん!発進する!」

ランウエィをタキシングの最中に敵機の姿を見た。
グレーの機体に青龍の絵。

「あれが噂に聞く空対地支援部隊ブルードラゴンか」
「・・・」

「大尉殿、嫌な予感がします」

エアインテーク開放、最大まで空気を吸い込む。
場にひずみが産まれる。熱気が蜃気楼となってユラユラと滑走路が揺れている。
カナード翼が震えている。

滑走路をスロットル全開で滑走。

双発ジェットノズルから赤黒い炎が見える。
離陸、操縦桿を引きランディングギヤを閉まい、フラップを上げる。
遅れて4番機が離陸。

「上がったのは2機だけか」

「1番機」
「こちら4番機、三田少尉です」

「ペアの松本少尉です」
「3番機の搭乗員二名は戦死しました」
「2番機の搭乗員が無事だったのが幸いでした」
「なお、緊急スクランブルですので、4番機の武装は30ミリバルカンのみです」

「まずいですよ大尉」
「こっちには空対空ミサイルが2発だけです」
「ガンだけでは・・・」

「大事に使うさ」

左にダイブして敵機の後ろを狙う。
4番機が編隊を組んでついてくる。
敵攻撃機は地上攻撃で対空監視がおろそかになっている。

「敵戦闘機小隊3機が来ます!」
「喰われる!」

中域レーダーにはアンノウンと表示される。

「未確認(アンノウン)」
「重帝国軍の新型です!」

「こちらキンモクリーダー」
「ポイントD-3で敵航空勢力を迎撃する」
「地上管制、聴こえているか」
「ちっ」
「雑音だらけだ」

正面から敵戦闘機のレーダーミサイルが2発発射される。
1番機が狙われている。

「高速バレルロールでかわす」

「またですか?大尉殿」

正面から飛んでくる敵ミサイルに向かって直進。
操縦桿スティックを軽く手前に引き、右にロール。
螺旋を描くような航空軌道になる。
空と海がひっくり返る。

ひゅんっ
ひゅんっ

白い煙を出しながら目標を失った敵ミサイルが落ちてゆく。
その間に4番機が敵機アルファを、真正面からヘッドオン対決でバルカンで撃墜。
残るはブラボーとチャーリー。

チンチンチンチンッ!

「姫からのマヌーバ提案です」
「どうしますか」
「聴きますか」

青色有機LEDディスプレイ上で戦術戦闘結果予測データと演算データの図形とグラフと文字が、高速で流れて吹っ飛んで行く。

「ガンへイソウ弾薬残リ20パーセンテージデ全機撃墜」
「ヘッドオンハ避ケヨ」
「高高度ヲ確保せヨ」

「大尉殿!」

「敵機はかなりの手練れだと言うことだ」
「やってやるさ!」

姫前型もそうだっが、この戦闘コンピュータは、どう見ても女だ。
些細な気配りを忘れない。
スロットル全開。推力120パーセント。アフターバーナー点火。
ヘッドオン対決は避けて、高高度を確保するために上昇する。
敵機が後方から追いかけてくる。

「敵機、赤外線誘導ミサイル2発発射しました!」
「ブレイクブレイク!」
「大尉殿、チャフフレアを」

「わかっている!」

朝日が眩しい。ヘルメットバイザーのスモークシールド越しでもわかる。
酸素マスクをつけなおす。汗がにじむ。息が苦しい。
高高度を確保してからのスプリットS。空と海がひっくり返る。
機体が悲鳴をあげている。カナード翼の前翼と主翼が震え、キャノピーに水蒸気の水滴が吸い付いて流れる。
目の前が真っ暗になった。血液が下半身に降りたようだ。
重力との会話。このGが・・・
敵赤外線誘導ミサイルは当たらない。あさっての方向に飛んで行く。
視界が戻る、敵機ブラボーの後方をつけた。

ビィーーッ!!

姫がさっきから早くミサイルを撃てと催促してくる。

バシュッ!

赤外線誘導ミサイルが狂ったように飛んで行く。
ブラボーが旋回しながら、チャフフレアを放出して逃げようとしている。

ダン・・・

パイロート一名がコックピット射出。
キャノピーを火薬で飛ばして、座席をロケット射出。
ベイルアウトが成功したようだ。
被弾したブラボーの機体が、赤黒い煙をあげて落ちてゆく。

「残り1機!」

ビィーー!!

敵機チャーリーの後ろに着いた。

バシュっ!

最後の赤外線誘導ミサイル一発を放つ。
敵機チャーリーがチャフフレアを放出して逃げようとする。

「敵機チャーリーは健在!」
「うわっ!!」

照準器に敵機チャーリーが飛び込んでくる。エアブレーキで減速していた!
とっさにラダーペダルを踏んでガンサイトのズレを一瞬で合わせる。
即座に操縦桿のトリガーを引く。

ガルゥウウウウウ!!

一筋のバルカンの緩くカーブを描く火線が、オレンジ色に光って見える。

ズン・・・

灰色の煙をあげて砕け散る。
敵戦闘機小隊と格闘している間に、4番機が敵攻撃機小隊を叩いてくれたようだ。

「1番機」
「敵攻撃機残機いちです!」

「OK」
「いい仕事だ」
「佐野中尉、バルカンの残りは?」

「あと400発強です」

敵攻撃機はまだ地上に攻撃をしたいみたいだ。我々仏魂小隊を無視して基地を機銃掃射している。
敵攻撃機アルファの後ろをとった。もう少しでバルカンの射程に入る。
管制タワーを銃撃しだした!20ミリバルカンが火を吹く。

バリバリバリバリッ!

ッドーーンッ!!

管制タワーの防弾ガラス窓が粉々に砕け飛ぶ。血しぶきが見える。
敵機がガンサイト・ホログラフィーに入って来た。
敵機がジンギングを始めた。
ジンギングとは、機体を左右に揺らし後方からの敵の機銃攻撃の照準をずらす戦法。

「往生際が悪い!」

「いや、ジンギングも上等な戦術だ」

カチッ!

ガルゥウウウウウ・・・

敵攻撃機を撃墜。

「寺田大尉」
「お疲れさまでした」

「ふう・・・」
「当方の被害は甚大だな」

低空の基地上空を旋回しながら飛行する。基地のあちらこちらで黒煙が上がっている。

「あ、クロたんが手を振ってますよ」

黒井曹長が滑走路上で、1番機に向かって一生懸命手を振っている。

「なあ佐野中尉」
「黒井ちゃんて、女神さまじゃないかな」

「あ~っ!」
「やっぱり大尉殿もクロたん狙いですか!」

最後に見た顔は、黒井ちゃんの笑顔か・・・

にわか雨があがった。いつの間にかカミナリ雲が居なくなり、雲の隙間から朝の眩しい太陽光が差す。
西の空に虹ができた。
キャノピーに朝の光が反射している。

この空域には、女神が住んでいる。
勝利の女神が・・・

「悪意の花は、咲かなかったな・・・」

 

ベトナム'68

システム・グロウ