俺はヤン、ヤン・ベアリング。
27歳の人間だ。宇宙戦闘機コンバットフライ5式のパイロット。俺の身体には機械が組み込まれている。
右手と右足、はじめは機械の身体が嫌だった。でも今では、この身体が好きだ。
相棒の女性、ケイト・ケチャップマンの機体が撃墜された。
俺は彼女に何もしてやれない。今はただ、オペの無事成功を祈るだけだ。
「ふんふん♪」
「ふーーんふふーん♪」
ここは惑星チーズ、東大陸の南の半島にいる。大昔はここも戦場だったらしい。
多くの血が大地に染みこんでいる。
白地のタイルの上、地面に座り、片膝を立てて鼻歌を歌いながら黄昏てゆく悠久ベースで外の林を見ている。
草原の上で小鳥がさえずっている。親鳥が隣で毛づくろいをしてくれている。
俺が今着ているこの作業ツナギ。あちこちほころびて、ボロボロになってる。
ベースに支給されている歴代のスタッフが着てきた服。
「あいつが墜ちるなんてな」
今も胸に残るこのときめきは、年を取ってもなくならないだろう。
オレンジ色に染まるミューロ建築のベースの半円球状のビル、ハンガーで整備班の整備士たちが大忙しで物資の搬入をしている。
出撃は当分の間ないだろう。
俺たちの負けだ。
悪を憎む心も、やっぱり悪なんだろうな・・・
善と悪は、永遠に仲良くなれないんだろうか。
ニュー暦0204、宇宙には愛ウィルスと邪ウィルスがあふれていた。
愛ウィルスはケイト・ケチャップマン、邪ウィルスは謎の人物が製造した。
ケイトは焦っていた。愛ウィルスが平和にした宇宙を、たった2ヶ月で邪なウィルスで汚された事実に。
ケイトの宇宙戦闘機コンバットフライ5式は、新たな闇の勢力に撃墜され、彼女は瀕死の重傷を負った。
救難隊に救援されて、命は助かったケイト。しかし肉体は人間の時のものは残り少ない。
ラインハルトは撃沈した。
トリン達擬人メインクルーは脱出ポッドで脱出。サクラ・ストラトスだけが行方不明。
悠久ベース東2番地。マザーキュウが支援をする新造宇宙船がもうすぐ完成する。
オペルームのモニター室から擬人のシャムロッド・ブルーベリーは、ケイトの治療風景を見ている。
身体のほとんどをバイオボディに換装している。
「ケイト・・・」
その隣で擬人のPちゃんと人間のチトセ・バンジョーが話しかける。
Pちゃんはフリルのついたワンピースを着ている。チトセは頭に緑のベレー帽、ベージュ色の化学合成素材のツナギを着ている。
「シャム殿」
「ケイト殿は助かるのにゃい?」
「ケイトさんのテレビ中継観ました」
「チトセのおじいちゃんが造った愛・ウェイがもう時代遅れだって」
「・・・ま、まあ」
「ケイト・ケチャップマンは伝説のお嬢さんよ」
「簡単には死なないわ」
「いい?チトセさん」
「この世に絶対なんてものはないの」
「愛ウェイが時代遅れになったのも必然なのよ」
「気に病むことなんてないの」
「は、はい」
「Pちゃん」
「なにかなシャム殿」
「あのマザーヒメギミはあれからどうしてるの?」
「ここだにょ」
Pちゃんはこめかみを指さす。
「?」
「ヒメギミは集約されてワンチップになったのにゃ」
「旧世界のマザーだからそれは可能だったの」
「今は私の頭脳サーキットに組み込まれて、Pちゃんと一緒に生きてる」
「Pちゃんの中に叡智と知性が住んでいるのねん」
トリンはマザーキュウと相談している。
ケイト・ケチャップマンの精神面のメンタルケア、ラインハルトの代わりのシップの建造。宇宙はすでに新たなる闇勢力の脅威にさらされている。愛ウェイの次のシールドの製造は間に合うのか?
ある日、闇勢力による東大陸侵略が始まった。
いつの間にか軍備を増強させて、ステルス爆撃機による爆撃が始まる。
軍備を解体してしまった惑星チーズの人たちには、なすすべもなかった。
わずかに稼働している平和維持軍には、対抗するだけの軍事力はない。
破壊された都市の中で、死体に埋もれて、まだ覚醒していない宇宙の希望が涙を流している。
闇勢力の一般兵士同士の会話。
「おい」
「この作戦が終わったら俺たちは凱旋できるのかな」
「さあな」
「あのトリン艦隊を打ち負かしたんだぜ」
「伝説の人間、ケイトちゃんも半殺しになったそうだぞ」
「マジか?」
「ケイトちゃんとエッチしたかったのになあ」
「まあまあ」
「ケイトちゃんも擬人になったらサービスしてくれるんじゃないか?」
「ああ!ケイトちゃーーん!!」
ここは惑星カニメシの衛星軌道。宇宙海賊のリーン・タンバリンが闇勢力と交戦している。
新たな闇の勢力はタンバリンを舐めていた。
ろくなシールドも装備していない旧世界の生き残りだと。宇宙海賊船ドリーミンはたった一隻で闇勢力艦隊に対峙する。
タンバリンの側近の一人が言う。
「リーン様」
「ドリーミンのシールド推力は臨界に達しています」
「ご指示を」
「ああ」
「チャフミサイル発射」
「右側部光子ビーム砲連射」
「高圧縮素粒子魚雷を敵のドテッパラにぶち込め!」
「チャージ完了」
「てーっ!!」
海賊船ドリーミンの戦闘ブリッジ。後方の単座の船長席に座るリーンは、前方の操舵手が握る舵輪を見つめる。
「まさかトリン艦隊がヤラれるとわな」
「ケイト・ケチャップマンが瀕死の重傷を負ったそうだな」
「敵の闇勢力が撤退してゆきます」
「戦果報告、ラージシップ2隻撃沈」
「ミドルシップ1隻中破」
「新しい世界が来る」
「リーン様?」
うん、トリンです。
ケイトちゃんがとんでもない重傷を負って、今オペが終わろうとしている。
真っ先に保護しなければいけないはずのケイトちゃんを、戦場に引っ張り出して。
亡くなった親御さんに顔向けができないわ・・・
ケイトを一人前のレディに仕立て上げるまでは。
擬人化したあの子には、荷が重い現実かもしれない。
人間を守るのが擬人の本能だから、彼女を守れなかった後悔が自分を責める。
生命は機械と違って、産まれてきてすぐに死んでゆく。
でも機械にはそれが一番愛おしい。
人間の手で作り出された私たち擬人は、人間に恩返しがしたい。
「カスタネット艦長」
「行方不明のサクラ・ストラトスさんですが」
「惑星カニメシにて生体反応を確認しました」
「80ベクトル毎時でシグナルを発信しています」
「艦長?」
「ん?」
「なーにステンレスちゃん」
「時代は変わりました」
「平和路線で武装放棄したツケが来たようです」
「新たな闇の勢力の首領ですが」
「すでに内通者から情報が入っています」
「こちらです」
みなさんこんにちはです。
ステンレスですわ。
あたくしの夢、約束事を改変して宇宙次元に戦争を続けさせる輩を抹殺する。
それがもうじき叶いそうですわ。
詳しいことは今は言えませんが、軍備増強の許可が下りて、新艦隊と宇宙基地が設立しようとしています。
でも、あたくしには気になることが・・・
擬人の本能である人間を守る行為。
もしも戦争のない平和な世界が訪れたなら、擬人の本能はどうなる?
もちろん平和な世界は混沌としたこの争いの世界に比べたら、かけがえのないもの。
血気盛んな擬人たちは喜んで解体されましょう・・・
ただ、忘れないでいてほしい。
人間を守るために人間の手によって製造された、あたくしたち擬人の存在を。