タイトルが翻訳者の訳?なのか、
王陽明が伝習録として残したのか

昨今、本が読めなく成って久しかった
どの本を捲っても、続かない
それは継続への動機が重たく、集中力もないのか
想像力の欠如なのか、世界観の中に、若しくは俯瞰する事が出来なかった

の中、浮と王陽明子の言葉がリフレインして
抜け出せず、徐々に興味を
ネットで安直に調べもしましたし
あ、著作なんか漁ろう

読めなかったので、発想すら欠如してしまう位
雑誌すら見れなかったのです。

昨年の今頃でしょうかね
結局、読破には至らず、書く氣も疎かで
それも、熟成の時間なのかな
消化が遅いのは、内臓だけではない如何せん≪一貫性≫
言葉は体を表す(?)とかもらしく聞こえますよね

王陽明とは
知行合一で知ったのですが@辞書
断片的に知識を増やすなかで
朱子学派に異を唱えたらしい、あたりでこれも5年以上の惰気との狭間で
朱子も読もうと思ったのですよ、儒者として
朱色も見ないで、儒を語るのか、とか
と昨今の開眼?って言いますか、別腹の充足と、精神の安堵
それを吟味する事も無かったのですが
今、ああ王子に許しを頂いたのか、と

拙かった書き込みも、個性を保ちつつも
なんか、魅せる事を意識している自分も居るのを今
そして自己満足で謂えば、底は変わらないのでしょうが
って自省としての著作ってだけで
充分に意義深い
それを楽しんで頂けるなら、無力ながらも
頑張ります。


                           つづく