**はい、その通りです。** 鄒衍(すうえん、Zou Yan、戦国時代・紀元前305年頃~前240年頃)は、**単なる「五行説」ではなく、「陰陽五行説」(または陰陽家思想)を体系的に唱えた人物**です。
### 鄒衍の貢献 - **陰陽説**と**五行説**を融合・発展させ、自然界・人間社会・歴史のすべてを説明する包括的な宇宙論を作り上げました。
- 特に有名なのが**「五徳終始説」(ごとくしゅうしせつ)**: - 五行(木・火・土・金・水)の「徳」(力・性質)が循環し、王朝が交代する(易姓革命)を**相剋(勝つ・克する)**の順序で説明。 - 例:土徳(黄帝)→木徳(夏)→金徳(殷)→火徳(周)→水徳(秦)…という具合に、前の王朝の徳を次の徳が「克す」ことで天命が移る。
- これにより、五行は単なる物質の要素ではなく、**歴史の法則・政治の正当性**を説明する動的な理論になりました。
### なぜ「陰陽五行説」と呼ばれるか - 鄒衍以前にも五行の考え(『尚書』洪範など)はありましたが、静的な要素でした。 - 鄒衍はこれを**陰陽の対立・転化**と結びつけ、**動的な循環・変化の原理**として体系化。 - 彼は諸子百家の一つ「**陰陽家**」の代表とされ、「談天衍(てんを語る鄒衍)」と呼ばれるほど壮大な宇宙観を展開しました(大九州説なども)。 漢代になると、この思想はさらに董仲舒らによって儒教と融合し、**本格的な陰陽五行説**として国家哲学の基盤になりました。中医学・風水・暦法などにも広く影響を与えています。 前回の五行の流転や天命論の話とも深くつながっています。鄒衍の理論が、まさに「王朝の流転」を自然の摂理として正当化する枠組みを提供したと言えます。
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