大国のオローラ国が隣国のオクランド国に攻め込んだ。
オクランド国は善戦し、
短期で征服するつもりだったオローラ国は苦戦を強いられた。
オクランド国はアメ・ヨロ相互防衛同盟の武器援助を受けて、
国土の7割を維持しての膠着状態に持ち込んだ。
アメ・ヨロ相互防衛同盟は略称AEU、
北米とヨーロッパ諸国の大半が加盟している軍事同盟だ。
泥沼のような長期戦になる。
それを交戦両国首脳が覚悟した頃、
オローラ国のプンドル大統領を、
特殊兵器会社の腕利きセールスマンのミスター・ハットリが訪れた。
プンドル大統領は渡されたミスター・ハットリの名刺を一瞥した。
「初めて聞く兵器会社名だが、南米のブランカ国に本社があるのかね?」
「はい、わが社はいかなるときも中立という立場から中立国のブランカ国に本社を置いております」
「ブランカ国は南米第一の大国だ。わが国の立場にも理解を見せて中立的立場をとってくれている」
「はい、それで私たちもビジネスをやりやすいというものです」
ミスター・ハットリは控えめに笑いを滲ませた。
「ところで、ハットリという姓はヒノモト国のものだと思うのだが… 」
プンドル大統領は小首をかしげながら冷笑を浮かべた。
「私はヒノモト国のタベ元首相とは30回前後も会談している。
彼の秘書官の1人にハットリという人がいたと思う。柔道5段でね、
訪ヒしたときに剛道館で彼と乱取りをしたことがあるよ」
「大統領閣下が剛道館4段であることは、よく承知しております。
私はブランカ国に本籍がありますが、ヒ系4世です。ちなみに、
そのハットリ秘書官と私は先祖をたどれば一緒になります。
両家とも先祖はハットリ宗家でもとは忍者でした」
「ほう、(忍者ハットリくん)なら我が国でも翻訳されている。
外遊の機内で何冊か読んだよ」
プンドル大統領は親しみを込めた微笑浮かべた。
「それで、どんな特殊兵器をわが国に提供するつもりなのかね?」
「これなんですが」
ミスター・ハットリは、
スーツケースから手のひらに乗るほどのマシンを取り出した。
外見はカメの甲羅に似ていた。
「それは何かね?」
「わかりやすく申し上げれば、超小型ドローンです」
「何だ、ただのドローンか」
プンドル大統領は小馬鹿にしたような顔になった。
「戦線はこう着状態でしょう。オクランド国が AEUから供与された最強の戦車を送り出せば、
オローラ国は温存していた虎の子の対戦車ミサイルを使い、
その戦車連隊を壊滅に追いやりました」
「その通りだ、わが国は虎の子兵器をいっぱい温存させている。
本気になればオクランドなんか消えてなくなる」
プンドル大統領は強がって胸を張った。
「そうでしょうね。でも、先週のオクランド国全土に対するミサイル攻撃には、
1部存在すら定かでなかった最新鋭ミサイルを使っておりました。そのミサイルも含めて、
発射したミサイルの 94%が撃墜されましたね。私が見るところ、
両国とも最新鋭の武器を繰り出しても、お互い共倒れに終わっているようです。
むろん、核兵器は使えませんが、最新鋭の攻撃武器を使っても最新鋭の防御武器で防がれてしまう。これは交戦両国にとって矛盾ということでしょう。このドローンはこんなにちっちゃいですが、
人間のみを識別して確実に捕捉します。さらに言えば、軍服を着た人間、
武器を携行した人間のみを認知して攻撃する自爆兵器です。
一般市民を犠牲にすることなく確実に将兵を認識して自爆します」
ミスター・ハットリは熱っぽい口調で長広舌を行った。
「ふーん、それで航続距離はどのくらいあるのかね?」
「これ単体では 90キロですが、貴国の長距離爆撃機で途中の高空まで運び一斉に発射させれば、
その長距離爆撃機の片道の航続距離がそのままこのドローンの航続距離に等しくなります」
 ミスター・ハットリは手のひらのドローンをポンポンと2回、
跳ね上げてみせた。
「特別に開発された液体燃料を使い、実戦では補助タンクも装備するので、こんなにちっちゃくても驚異の90キロという航続距離が可能になりました」
「言われてみれば、確かに驚異の性能だ」
「すでに貴国の軍需省兵器局にテスト用として5個を提供しております。
明日にはテストの結果が出ると思いますが…」
「それで、購入するとなったらどのくらいの個数が確保できるのかね?」
「とりあえず、5千個でどうでしょう? お使いいただいてよしとなったら5万個ぐらいはいつでもご用立ていたしましょう」

その1週間後、
こう着状態に陥っていた戦線に激変が起きた。
オクランド国がもっとも軍を集結させていた地域に、
まるでウンカのように超小型ドローンの大群が襲来した。
めくらめっぽうに発射した地対空ミサイルや、
勇敢な兵士の自動小銃で数えるほどのものが撃墜されたが、
ほとんどの超小型ドローンは無傷でそれぞれに将兵の目標を定め、
かなりの高速で突っ込んでいった。
逃げ惑っても正確に追跡して将兵の背中に命中して自爆した。
自爆されて助かった将兵はいない。
4928人の将兵が戦死した。

その数日後のことである。
オクランド国のシリンダー大統領を 30歳前後の美しい女性ミス・シマヅが訪れた。
シリンダー大統領は渡された名刺をしげしげと眺め、
それからミス・シマヅまじまじと見つめてから口を開いた。
「私にとって断ることのできない人からの紹介だったので、こうして会ったが、
あなたのような美しい人が特殊兵器会社のシークレットセールスマンとは本当に驚きでした」
「光栄ですわ。今や、シリンダー大統領閣下は欧米諸国では英雄になられています」
「まさか。私はオクランド国民を守るために身を粉にして働いているだけに過ぎないのですよ」
スーツにネクタイのようなかしこまった服装が嫌いで、
常にブルゾンのようなものに上体を包んでいるシリンダー大統領は、
鼻下や、あごにヒゲを蓄えていることもあって、
ゲリラの司令官のような趣だった。
その顔に少し照れたような笑いを浮かべて、
また名刺に見た。
「南米のヴェネティ国に本社を置いているんだね。この国は中立的立場だが、
わが国の被災国民には手厚い援助を行ってくれている。ところで、あなたはヴェネティ国民かね?」「はい、ヒノモト系5世ですが…」
「ヒ系5世か。シマヅというのはもともとの母国の姓なのかね?」
「はい」
ミス・シマヅは柔らかくうなずいた。
そういう仕草からもなまめかしい雰囲気が滲み出る。
「私は無学だからヒノモト国のシマヅという姓にどんな由来があるのかは知らない。
たぶん、高貴な家筋なのだろうね」
「そんなことはありません。庶民の出でございます」
「ところで、大変斬新な新兵器というのはどういうものかね?」
「はい、僭越ながら閣下の武官の1人に、その新兵器を着用していただきました。
廊下で待機していただきましたが、こちらへ入れて大丈夫でしょうか?」
「それは手っ取り早い。すぐに入れていいよ」
ミス・シマヅは重々しいドアへ歩いて、
そのノブをしっかり握って開けた。
すぐに、目だけ出して全身を何かの防護服のような感じの服で包んだ人間が現れた。
シリンダー大統領に敬礼して、
「お騒がせします」と、意気込んだ声で言った。
「軽そうな素材で軍務には差し支えないようだが、これにはどんな用途と効能があるのかね?」シリンダー大統領はミス・シマヅに顔を戻した。
「はい、先週、膠着した戦線でオクランド国の有力な軍団がオローラ国の
超小型ドローンで壊滅的な犠牲を出しました。この防護服を着ていただければ、
その超小型ドローンは将兵と認識できず、ぐるぐると飛びまわるだけで
航続距離が尽きれば勝手に墜落していきます」
「ホントかね?」
シリンダー大統領の問いに、
ミス・シマヅに代わり、防護服を着た武官が答えた。
「超小型ドローンの不発弾が5個見つかっておりました。そのうちの3個が修理して
飛行できるようになりました。それで数時間前、テストを行ったのですが、
その3個とも私を直撃できずにぐるぐる飛び回っておりました」
「ほんとかい? そりゃすごい」
シリンダー大統領は防護服の武官からミス・シマヅに顔を向けると、
早口で言った。
「大至急、最大で何着納入できるかね?」
「はい、2万着ほどは保証させていただきます」
「そうか。それは助かる」

やがて、膠着していた戦線で奇妙な変化が起きた。
オローラ国軍が超小型ドローンを発射すると、
オクランド国軍は大部分が防空壕や、
シェルターにこもり、
出入り口の頑丈な扉をしっかりと閉じた。
防護服を着用した将兵は、
武器を手に超小型ドローンの大群を迎える。
自動小銃、速射砲、地対空ミサイルなどを使い、かなりの数の超小型ドローンを撃墜した。
無傷の超小型ドローンは将兵の近くまで飛来したものの、
直撃できずに周辺の空中をぐるぐると旋回した。
超小型ドローン同士で衝突し共に墜落するものもずいぶんあった。航続距離が尽きると、
超小型ドローンは次々に落下していった。
このオローラ国軍の超小型ドローン攻撃が終われば、
オクランド国軍が反撃に出た。
AEUから供与された優秀な各種武器によって、
オローラ国軍は多大な損害を出し戦線からかなり後退した。
だが、オローラ国軍の攻撃が止むと、すぐに反撃に出た。
矢継ぎ早な超小型ドローン攻撃によって、
防護服が行き渡らない地域では、オクランド国軍の将兵がおびただしく戦死した。
すると、またオクランド国軍は反撃を始める。
どちらにとっても、
これは人的犠牲が著しい消耗戦になった。

北米アメログ国の大統領官邸地下特別会議室では、タイタン大統領が他3人と緊急会議を行っていた。
他の3人は国務長官、統合参謀本部議長、秘密諜報機関CJA長官だった。
壁の大型モニター画面には、骸骨が映っている。
その骸骨がいろんな動きを見せている。
その骸骨に筋肉がついた。
その筋肉人体もさまざまな動きを見せた。
最後に筋肉人体は裸体の人間に変化した。
シリンダー大統領だった。
「ミス・シマヅは着衣に装置した5つの超小型カメラで、
さまざまな角度からシリンダー大統領を捉えています。うちのピカイチ諜報員の1人ですね」
CJA長官が誇らしげに言葉を続けた。
「先輩ピカイチ諜報員のミスター・ハットリもプンドル大統領との会談は1時間足らずだというのに、
ちゃんと要所の角度を押さえていました。データとしては充分のものでした」
「うちの統合参謀たちも、お宅のヒ系諜報員の働きには感服していました」
統合参謀本部議長が笑みをたたえてうなずいた。
「プンドル大統領の注意を引くために、
見本の超小型ドローンを執務室内で飛ばしたそうじゃないか」
タイタン大統領が3人を見回して言った。
「大統領、プンドルさんの人体図をもう1度ご覧になりますか?」
CJA長官がタイタン大統領をまっすぐ見た。
「いや、いい。要するに、骨格とその動き、筋肉とその動きでプンドル大統領もシリンダー大統領も正確無比に特定できる。指紋と同じだということだろう」
「はい。それを超小型ドローンに改良を加えて認知させれば、狙ったらもう逃れられません。
厚着をしても正確に認識しますから」
「それにしても、超小型ドローンは驚くべき高性能だね」
タイタン大統領の声は上機嫌そのものだった。
「元々はヒノモト国のHUPM(ヒノモト宇宙進出促進機構)が開発途上だった超小型の小惑星探査機の技術を盗用した、と聞いているが…」
白髪の国務長官がCJA長官に顔を向けた。
「盗用ではありません。応用です」
わざとらしく色をなして否定してから、
鷲鼻のCJA長官は続けた。
「その技術の入手にあたってはミスター・ハットリとミス・シマヅのコンビが期待通りの活躍をしてくれました。元々の母国が唯一の被爆国で、オローラ国に核兵器を使わせてはならないという使命感にも突き動かされてのことだったようです」
「ブランカ国とヴェネティ国にそれぞれ別法人で兵器会社を設立したのはオローラ国がオクランド国に攻め込む半年前だったか。今日あるを予期してのことだったが」
タイタン大統領は感慨深そうに発言した。
「同盟国はみな支援疲れをしています。それなのに、あの大統領はオローラ国軍を全員追い出すまでは戦い続けるというばかりですから」
国務長官がいまいましそうな顔をした。
「国務長官、直近の報告だとシリンダー大統領はだいぶ参っているようです」
CJA長官が余裕の笑顔で国務長官を見た。
「それはありがたい。あいつに頑張られたら、プンドルだって戦術核を使わざるを得なくなる」
国務長官は長い顎を手のひらで撫でた。
「 それでは結論に行こう。我が国が掴んだ信頼すべき情報によると、貴国の大統領の暗殺計画が軌道に乗りつつあるようだ、と別々に両国の大統領側近の耳に入れよう。申し訳ないことだが、わが国のCJAが関与しているふしもある、とあえて伝えたい。それでいいだろうか?」
タイタン大統領は、
3人の表情を注意深く見ながら話した。
「これで第3次世界大戦は未然に防ぐことができました」
国務長官がほっと安堵の色を浮かべた。
CJA長官と統合参謀本部議長は揃ってうなずいた。

10日ほど経って、
オローラ国とオクランド国は電撃的に休戦した。
そのひと月後、西欧のスイッチ国で和平交渉がスタートした。