♪ 雪やこんこん
 キツネやコンコン
 私はコンコンこんにちは

雪が降る中で7つ8つの女の子が、
今はあまり歌われていない童謡を歌っていた。
自分が思いつくままにまかせた替え歌らしい。
女の子は手振り足振り踊っている。
その振りに合わせて、
後ろ足だけで立ったキツネが踊っている。
キツネの様子も楽しげだ。

郊外の住宅都市だが、
自然はまだ豊かに残っている。
すぐ近くには丘陵を利用した大霊園もある。
タヌキや、ハクビシンは、
ひんぱんに目撃される地域だった。
雑木林を多く残した大霊園には、
キツネが棲息していても不思議はない。
しかし、白狐(びゃっこ)、
つまり、真っ白なキツネなのだ。
女の子と白いキツネは、
目と目を見つめあって踊っている。

♪ 雪やこんこん
  キツネやコンコン
  私はコンコンコンペイトウ

女の子はジャンプして、
思いっきり後ろへのけぞった。
積もった雪にバサッと沈んで、
ハハハ、ハハハ、
と笑い出した。
それを見て、
白いキツネもジャンプして後ろへのけぞり雪に沈んだ。
コココココココ〜ン
女の子に合わせて、
キツネも笑い出した。
「お祖母ちゃんに連れられて、あそこへ行ったことがあるの」
女の子はオレンジ色の手袋をはめた右手で、
大霊園のほうを指差した。
「きれいな池があったわ。昔は田んぼに使う水のため池だったみたいだけど」
「コンコンコン、コン」
白いキツネは青い瞳を光らせてうなずいた。
「その池に浮かぶ島に、白いキツネを祀った小さなお稲荷さんが立っていた」
「コンコン、コンコン」
白いキツネは目を閉じて首を振った。
関係ないよ、
とでもいうように。
「お祖母ちゃんによると、大昔からの言い伝えがあって、お稲荷さんも何百年も前からあったんだって」
「コンコ〜ン、コンコン」
「その大昔の言い伝えだけど、疫病が流行ったときに天から白いおキツネさまが降りてきて、
木の杖を崖に突き刺したんだって」
女の子は白いキツネと会話を交わしているように話している。
「コン」
「木の杖で岩の崖を突き刺したのよ。開いた穴から泉が湧いたんだって。疫病にかかった人たちがそのお水を飲むと元通りに治ったそうなの。白いおキツネさまはその様子を見てお姿をお隠しになったんだって」
「コンコン」
「神さまのお使いだったのね」
不意に、女の子は立ち上がった。
「そろそろおうちへ帰んなきゃ」
乱れたオレンジ色のマフラーを整え、
グレーの厚手のブルゾンについた雪を払った。
白いキツネも跳ね起きた。
「コンちゃんありがとう。再会できるとは思わなかったわ。この前も、今日も寂しくて悲しいときだったの。感謝しているわ」
女の子は大人びた声で言った。
「コココココ〜ン」
白いキツネは目を細めた。
「先に帰って。私はここで少し見送ってるからね」
白いキツネはうなずいて、
大霊園の方角へ駆け出した。
「やっぱり、あそこに住んでいるんだ。お稲荷さんのおキツネさまなんだ」
女の子は納得して180度向きを変えた。
そして、黄色い長靴で雪を蹴飛ばしながら家路に向かった。

白いキツネは、
大霊園内の公園の一画にある池の岸辺に姿を見せた。
水面に浮かぶ蓮の葉っぱに雪が積もっている。耐えられない重さになると水の中に沈み、
雪を流してまた水面に浮かぶ。
池のほぼ中央に島があって、小さな稲荷神社が乗っかっている。
岸辺からその島に赤い橋が架かっている。
大人独りがやっと渡れるほどの橋だ。
白いキツネはその橋を渡った。
拝殿の前に直径1メートルぐらいの円盤が置かれている。
円盤型の模型宇宙船のようにも見える。
あるいはよくできたドローンだろうか。
白いキツネは後足で立ち上がった。
それから右の前足で左の前足の、
人で言えば手首にあたるところをチョコンと押した。
一瞬のうちに、
白いキツネの姿が消えた。
いや、消えたのではなかった。
身長15センチほどに縮んだのだ。
体にフィットした蛍光色の服を着ている。
人間のように自然に後ろ足で立っている。
「コンキート!」
白いキツネは叫んだ。
模型のような宇宙船の側面に入口が開いた。
白いキツネは後ろ向きになって乗り込んでいく。
尖った両耳を持ったその顔はキツネに似ているが、
青い瞳を宿した両目は釣り上がっていない。
白いキツネが乗り込むと、
スッと入口は消えた。
宇宙船は白く光りだした。
宇宙船はそろっと浮かび上がり、
急に目にも止まらぬ速さになってジグザグに上昇していった。

白いキツネは子供用1人乗りの宇宙船を操縦して、
あっという間に大気圏を脱出していた。
操縦席に、
お母さんの声が響き渡る。
「どこへ行っていたの? 早く母船に戻ってきなさい。お父さまのご機嫌を悪くさせると、その子供用宇宙船を取り上げられるわよ」
「それはごめんだよ」
「今まで何をしていたの?」
「地球という星でさ、地球人の女の子とコンコンダンスを歌い踊っていたんだよ」
「地球人の女の子ですって! 食べられちゃったらどうするの?」
「今日で2度目だよ。素直で面白くていい子なんだ」
「地球に住むキツネという動物は、
気の遠くなるような遥か昔には、
私たちとは近縁種だったらしいのよね。地球のキツネは私たちコンキト星人から派生したとする遺伝学者もいるわ。そのコンコンダンスって、どんな歌なの。ちょっと歌ってみて」
「うん」
コンキト星人の子供は歌い出した。
情感がこもった声で切々と。

♪  雪やこんこん
   キツネやコンコン
   あの子は あの子は あの子は
   ああ あの子は・・・