3人組の強盗団が生まれようとしていた。
元自衛官と、元ヤクザと、元教師だった。
28歳になる元自衛官が言った。
「おれたちは経歴も年齢もまちまちだけど、
みんな平等でいこうぜ。稼ぎはきっちり3等分。
指揮役は1件ごとに交代でどうだい?」
「それなら文句はねえよ」
37歳の元ヤクザが応じた。
「ぼくもそれでいいけど-」
53歳の元教師が頼りなさそうに首を傾けて、
「3度に1度は指揮役をやるのか。できるかな」
と、蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「心配しないでいいよ。あんたが指揮役のときは、
おれたち2人が支えてやるからな」
「うん、おれたち3人は運命共同体よ」
元自衛官と元ヤクザが相次いで励ましたので、
元教師も頼もしそうにうなずいた。
押し込む先は住宅地にあっても、
他の住宅から少し離れている一軒家に的を絞る。
押し込むまでに充分に下見を行い、
高齢者夫婦に狙いを定める。
高齢者夫婦は自宅にかなりの現金を置いているケースが多い。
さらに、妻の命を取ると脅して、
夫のほうを行動させ現金を出させるという手も使える。
奪うのは現金のみとする。
手足などを結束バンドで結束し、
口にサルグツワをかませても命は奪わない。
いくつかの決めごとを決めて、
3人組はさっそく行動に移った。

それから2ヶ月、
首都圏の一都6県で7件の強盗事件が発生した。
被害者宅はいずれも高齢者夫婦だった。
被害は現金のみで7件での被害総額は3千200万円に上った。
一件1千600万円という大口があったので、
被害額はそれだけ大きくなった。

 3人組は8件目の押し込み先を下見にかかっていた。
一緒にではなく独りずつになっての下見だった。
押し込み先は山梨県のN市にある 2階建ての住宅で、
小さな造り酒屋の経営者夫婦が住んでいた。
広い敷地に酒造工場と倉庫の棟があって、
住居は東寄りにあった。
酒造工場には当直の社員が朝までいるが、
倉庫は無人だった。
元自衛官は午前中に下見を行いながら心の中で、
(この家で手仕舞いにしたいな。すでに分け前は 1千万円以上になったし、
今度で足を洗う潮時というもんだろ)
と、つぶやいた。
一瞬、ほくそ笑んだようだったが、その表情に暗い翳がさした。
(でも、あいつらは承知しねぇだろうな。とにかく、
もっともっとガツガツ稼ぐんだといった顔になっている。元教師だって、
あれで教え子に性的暴行を働いた前歴があるんだからな。
これで足を洗おうや、なんておれが言い出したら、
あいつらおれを消しにかかるだろ)
元自衛官は下見を終えて姿を消した。
昼下がりに、元ヤクザが下見に現れた。
そして、ボソボソとつぶやいた。
(押し込みはこれっきりにしたいもんだ。欲張って警察のお縄にかかっちゃうたまんねーよ。
今度で潮時ってもんだろ)
元ヤクザもそのつぶやきの後、暗い表情になった。
(あいつら、これきりにしようぜと言い出したら納得しねえだろうな。
共謀しておれを殺して山の中へ埋めるんじゃないかな。
あいつらもともとカタギなだけに始末が悪そうだからな)
元ヤクザも下見をすませて引き上げていった。
夕方近くに、元教師が下見にやってきた。
丹念に、しかし、それとなく下見を行いながら、
ブツクサつぶやいた。
(ここへ押し込んだらそれで終りにしたいな。もう1千万円以上の分け前をもらったから、
ぼくはそれで充分だ。でも、これきりにしようと言ったら、
あの人たち聞く耳持たないだろうな。自衛官だって奴も欲張りで険悪そうだし、
元ヤクザは殺人未遂の前科があるそうだからな)
元教師も下見をすませて引き上げていった。

そして深夜、
3人組は造り酒屋の経営者夫婦の住居に押し込んだ。
手ごろな窓に2人が左右から2つ折りにした掛け布団を当てて、
元ヤクザがハンマーを振った。
掛け布団越しに破られた窓ガラスは、
濁った音を立てた。
元教師が手を差し入れて窓の鍵を開けた。
元自衛官が外の道を窺い大きくうなずいた。
3人組は次々に屋内に姿を消した。
寝室に入ってすでに起きていた高齢者の夫婦に、元教師が、
「騒ぐな」
と、鋭い声で言った。
元ヤクザがモデルガンの銃口を、
夫の胸に突きつけた。
元自衛官が妻の手足を結束し、
口の中に丸めた布切れを押し込んだ。
「さぁ、金庫から現金だけ出してここへ持ってきてもらおうか。下手な真似をするなよ。この女の命はないからな」
元教師が夫をおどした。
今回の指揮だった。
元ヤクザと元自衛官に促されて、
夫は2人に前後を挟まれて寝室を出た。

この夜の押し込みもうまくいった。
3人組は近くに駐車させておいた偽造ナンバーに替えた盗難車へ戻り逃走した。
一般道を走り東京都内に入って、
脅しとった6つの帯封付き札束を 2束ずつ分けあった。
 3人ともそれをしっかりポケットにしまい込みながら、
つかの間、何か言いたげな顔をした。
「何かまだある?」
指揮役の元教師が2人の顔を見比べて訊いた。
「いや何も」
元自衛官は首を曖昧に振った。
「おれも何にもないよ。いい仕事だったな」
元ヤクザは照れ笑いした。
「今夜のリーダーのあんたこそ何か言いたかったんじゃないか?」
元自衛官が探るような目をして元教師を見た。「いや、何もないです」
元教師は目をパチパチさせた。
「それじゃ、ここで車は捨ててそれぞれバラバラに別れよう。次の押し込み先の打ち合わせは10日後のいつもの時間にいつもの場所で。
次の指揮は元ヤクザさんですね」
元教師は肩の荷を下ろしたような表情になった。

10日後、
いつもの時間いつもの場所に3人とも現れなかった。
3人とも9件目の押し込みをスルーしたのだ。
もう危険な橋は渡りたくなかった。でも、
3人はスルーしてから恐怖に襲われた。
約束の場所に行かなかったのは自分だけだ、と3人がそれぞれに思い込んでいた。
あの2人はきっと逆上して自分の命を狙う、
と3人それぞれが強い疑心暗鬼に襲われた。
それで3人ともそれまでの住所には帰らず逃げ回っていた。
そして、恐怖と不安の絶頂に立たされたのは、
何と元ヤクザだった。
このままではあいつらに居所を突き止められて殺される。
殺されるくらいなら、
と自首を選んだのだ。
元自衛官と元教師は指名手配されて、
元自衛官は2ヶ月後、
元教師は3ヶ月後に逮捕された。
 3人はそれぞれが約束をすっぽかして逃げていたことを知って、それぞれに嘆いた。
「勇気を出してこれっきりにしよう、
と言い出せばよかったんだ」
 3人の嘆きを1つのセリフにまとめると、
ほぼそういうことになる。