待ってるんだよ、あいつがさぁ。
田んぼの中の道だけど、一応舗装はされている。おれん家はこの道を通ると、
すごく近いのよ。
公道を通ると3倍ぐらい遠回りになる。
それで通ったんだけど、どうしよう。
家にはまだ一緒に住んで2ヶ月にもならない嫁さんが待ってるのよ。
おれ49歳。嫁さん32歳。
実はおれってバツイチで、
嫁さんは初婚なのさ。
知りあって一緒になったいきさつは話さないよ。話す必要はないものな。
あぁどうしよう。
愚痴みたいなことをぶつくさ言っているうちに、
だいぶ歩いてしまったよ。
あいつのところまであと100メートルもないじゃないか。
左側の田んぼのアゼに突っ立って、
じ〜っと待っているんだって。
たまったもんじゃないよ。
あいつ、太い毛糸編みの黄色いハンチングをかぶっている。
おれ、編み物好きだったオフクロの影響で、
男のくせに編み物やんのよ。
右も左もまだ冬枯れの田んぼなのよ。
目立つんだよ、あの黄色がな。
おれの足はますますのろくなってきた。
もう引き返しての遠回りはできないか。
開き直ってうつむきながらさっさと歩いた。目だけは左側のアゼを追いながらね。
とうとうあいつの足が見えてきた。
おれは足を止めて、あいつと向きあい目を上げた。
あいつは本当に穏やかな表情をしている。
ああ、もう目の前にいるんだから、
あいつじゃないよな。この人だ。
穏やかな表情に、黄色い毛糸編みのハンチングはよく似合っている。
おれがこの人のために編んでやったものなんだよ。この人、とっても気に入ってくれていたのよ。
「すまない。その黄色いハンティング、ずっと大切にして新しい女房にも隠して持っていたのよ。でも、女房は断捨離にかぶれて、俺の部屋も整理するんだ、と」
気のせいか、この人、顔色を曇らせたのよ。
なおさら、話しづらくなったなぁ。でも、今日こそ話さなきゃ。
「それでね、今朝、出勤するときに、そのハンティングをそっと持ち出して、きみにかぶってもらったのよ」
おれはいいアイデアを思いついた。
「そっか、会社の机の引き出しに入れておいたものだ、と女房に打ち明けるときには言おう。うん、それをかぶって家へ帰るよ」
おれは黄色いハンチングをその人の頭から取り上げると、
自分の頭にかぶせた。
それから、丁寧に頭を下げた。
「きみのことはいつまでも忘れない。今年の7回忌にはきみが眠っている霊園に行くからね。女房にはもう了解を取ってあるんだ」
おれなんだかスカッとした気持ちになって
残り少ない家路を急いだ。

おれの背後で最初の女房の身代わりにした石のお地蔵さんが、
夕陽を浴びて左の頬を輝かせているのを想像しながら。