私はお供の小舟に乗って、
あのお方を見ている。
あのお方は立派な船に乗り、
何人かのお供の人が準備中の漁が始まるの楽しそうに待っている。
あのお方は大きな丸い顔を持ち、
淡いねずみ色のロングの衣を着ている。
その衣は袖なしで、
両腕が左右に伸ばされている。
あのお方の顔は内面から輝いている。
顔ほどではないけれど、両腕も輝いている。
私もあの大きな船に乗るお供の者たちも、顔や、
体は内側から輝いている。
あのお方は体も大きい。
身長は私たちよりも3倍近く高い。
私たちのいる世界は暗くはない。
まぶしくもない。
なんというか幽玄に明るい。
その明るさのもとはあのお方や、
私たちお供の者が放つ輝きだった。
三方に海が広がってくる。海といっても液体ではない。
半透明の靄のようなものだ。
どこまでも果てしなく続いているが、
見える限りの果ては、
緩やかに丸みを帯びている。
私の右手になるが、
あの方から見れば左手に陸地が広がっている。
崖もなければ、遠くに山並みがあるわけでもない。
海から穏やかに少し盛り上がり、
どこまでも広がっている。
その陸地は通路を除けば、
数え切れないほどの種類の花におおわれている。
あのお方が司る私たちのいる世界は、
海の果てが丸みを帯びて見えるからといって小さいわけではない。
途方もなく大きい世界だ。
あのお方は途方もなく大きなお方。私たちもそれなりに大きい。
さて、マリモン漁の準備ができたようだ。
あのお方が乗る船のお供の者たちが網を広げて海へ落とした。
私はその網についている鉤を、
長い柄の手鉤で引っ掛けて寄せた。
他の数隻の小舟の者たちも、
私と同じような行動して網を引き寄せた。
網は大きく広がり、
何カ所かについた錘りによってどんどん沈んでいった。
あのお方が乗っている船も私たちお供の小舟も、
沖合へ乗り出していった。
「ここいらでよかろう」
あのお方がポツリと言った。
私たちは声を合わせて、
「ここいらでよろしゅうございます」
と、答えた。
しばらく時が流れた。
「お時間でございます」
あのお方の乗る船のお供の1人が恭しく告げた。
「では、引き上げよ」

ウンラ ~シャ~ウンラ~シャ~ マリモンマリモンウンラ~シャ~

あのお方が乗る大きな船のお供の者たちも含め、
私たちお供の者は全員でマリモン漁の呪文を唱え、
網を狭めながら引き上げ始めた。

ウンラ~シャ~ウンラ~シャ~マリモンマリモンウンラ~シャ~

やがて、網にかかったものが見えてきた。
丸い岩石の塊がいくつもかかっている。
私たちの命の糧のマリモンだ。
ひときわ大きいマリモンがあった。
穴が無数に空いていた。
あのお方はかがんで両手を差し出し、
その大きなマリモンを抱え上げた。
「ほう、大きい割にはずいぶん軽いな。そうか、燃え尽きたからか。
 この前の漁のときはまだ燃え始めたばかりだったのに」
あのお方は小首をかしげ、
苦笑いするとお供の1人に、
「これは廃棄せよ」
と、命じた。
そのお供の者は、
船尾の廃棄コーナーに、
その燃え殻のマリモンを転がしていって捨てた。
「ご試食下さいませ」
別のお供の者が、
小さなマリモンをあのお方に渡した。
あのお方は口を丸く開けてそのマリモンを放り込むと、
力強くガリガリ噛み始めた。
「おお、これはうまいぞ。みな楽しみにせよ」
あのお方は満足そうに大きくうなずいた。
その顔がそれまでよりも強く輝いた。
「これは…」
あのお方は右手を長く伸ばして、
あのお方の親指の先ほどの大きさのマリモンを取り上げた。
「ほう、これはひどい」
あのお方は、
そのごく小さなマリモンを目に近づけて詳しく観察した。
「凹んだところはかって何かの液体が溜まっていたところであろう。
 陸地にあたるところも起伏が内陸へ行くほど険しくなっている。
 それに至るところに熱線で焼かれた痕跡が残っている」
あのお方は船尾の廃棄コーナーに向け、
そのごく小さなマリモンをポイと投げ捨てた。
「この辺の海では唯一生物が生息できたマリモンだ、とこの前、
 学者がその研究動画を見せながら言っていたが、あれだったのか。
 さっきの大きなマリモンの燃え殻が燃え尽きる前に、
 どうやら戦争などで勝手に滅んだと見える」
あのお方の話を聞きながら、私は少し前に行政職の父から聞いた話を思い出していた。
(大変稀なケースらしいが、マリモンには燃えるものがある。
燃えるマリモンの周りを回っているマリモンには、
さらに極めて稀なケースになるが、
その熱で温められてさまざまな生物が発生するという。
高等なものでも、
その寿命はわれわれの感覚で言えば、
一瞬の一瞬、そのまた刹那の刹那であろう。
つまり、われわれが瞬き1つする間に、
何度も生死を行えるということだ)
私はゴックンと生唾を呑み込んだ。
大きな船の上で、
学問好きなあのお方はまだ言葉を続けている。
でも、父の話も含めて難しいことはもうどうでもいい。
早くおいしいマリモンのご相伴に預かりたかった。