どうしてこんなところへ引っ越してきたの。
私は悲痛な思いでカーテンを開けて外を見た。
でも、すぐに閉めてしまった。
引っ越す前は周りに家々が立て込んでいた。
だけど、小さな庭の植木1本にも、
私の深い愛着が染み込んでいた。
 メジロや、シジュウカラも飛んできて、
友達になってくれていたのに。
私は17歳の女子高生。
体にハンデがあって中学時代から車椅子のユーザだった。
私のような人も通う私立の学園の生徒だけど、
授業のほとんどはオンラインで受けている。
ここへ引っ越してきても、
父はなにごともなかったように同じ勤務先に通っている。
母はこの街でもフラワー教室を開くメドが立ったらしい。
公共の施設で週2回午後2時間位の感じで教えられる、
と喜んでいた。
私の生活にも特に変わった点はない。
学園へ通学する日は、
母が車を運転して送り迎えしてくれる。
今の我が家は高台にある。
住居はまばらで穏やかな自然が残っている。
西側は花壇として整備された斜面の下に、
屋根に十字架をいただいた教会が立っている。
ガラス窓を通して聴く鐘の音は、
気持ちを穏やにしてくれる。
ウエディングマーチが聴こえるときもある。
教会の芝生の庭に新郎新婦が現れ、
左右から人々の祝福を受け花びらを振りかけてもらう。
とても幸せな一瞬なのだろうな。
私にはハンデがあって、
あのような結婚ができるかどうかわからない。
できそうもないな。
人を羨んでいる自分に気づいて自分が嫌になる。
さっきもウエディングマーチを聴いたので、
少しカーテンを開けてみた。
その自分が可愛そうになってあわててカーテンを閉めた。
辛いなぁ、
目を閉じてファンタジーの世界の自分を思い描こう。
白馬にまたがった王子様に見初められる私。
バッカみたい。8つ9つじゃないんだから。

それから1ヵ月余り経って、
私はカーテンを少し開けて教会の庭を見た。
そして、しばらく食い入るように見ていた。
チャイムが鳴った。母がフラワー教室から戻ってきたみたい。
私は素早くカーテンを閉めた。
母はすぐに顔を出した。
「今戻ってきたわ」
「どうだった、今日の初のお教室は?」
「生徒は7人、ほっとしたわ。ゼロだったらどうしようと思っていたから」
母は嬉しそうに笑った。
「お母さん、よかったわね」
私もつられて笑った。
お母さんが不思議そうに私の顔を覗きこんだ。
こんなことで私が笑うのは珍しかったのかな。
「遅めのおやつになるけれど、カステラでいい?」
「うん、いいよ。でも、厚さは1センチね。運動ができない体なのに、
 体重だけ増えてもみっともないから」

それから2ヶ月以上経った休日の日。
私はウエディングマーチにつられ、
カーテンを少し開けて教会の庭を見た。
そして、この前よりもさらに目を凝らして、
長い時間見続けていた。
この2ヶ月ほどの間も、
何度かカーテンを少し開けて覗いた。
でも、いつもすぐにカーテンを閉めた。
今は違う。
ドアがノックされた。
私は残念そうにカーテンを閉めた。
父がトレイに紅茶とおやつを乗せて入ってきた。
「昨夜遅く金沢からの出張から帰ってきた。黒ゴマをまぶしたユベシをお土産に買ってきたよ。
 これはうまいぞ」
「わーい!」
私は両手が痛くなるところまで上げて喜んだ。
父はほんのつかの間、不思議そうな顔をした。
すぐになにごともなかったように、
小さなテーブルに紅茶とおやつを置いて出ていった。
なんだか、
その後ろ姿は嬉しそうに見えた。

私はうきうきとミルクの入った紅茶をひと口飲み、
それから黒ゴマをまぶしたユベシの1つを取り上げた。
ひと口かみしめるように味わった。
こんな平安で穏やかな時間が持てるなんて。
今の私は本当かしら、と私は喜びをおさえてつぶやいていた。
本当だよ、ともう1人の私がうなずいたようだった。
私はおやつを食べると、日記帳を取り出した。
日記は私にとって愚痴の吐きすて場だった。
それがカーテンを開けて食い入るような視線を注いだ日から変わっていた。
希望がみなぎる表現が多くなっていた。

(今日もウエディングマーチが聴こえた。
私はうんざりしながら、
カーテンを少し開けて教会の庭を見た。
私の瞳は点になった。
新郎の人は松葉杖をついていた。
それは一時的な怪我などのものではなく、
これからもずっと松葉杖を使わなければならない状態だ、
と私にはわかった。
それにしても、
幸せに満ちた新郎の笑顔の素晴らしさはなんということだろう。
その新郎と肩を組んでいる新婦の人は、
包容力豊かな笑顔を浮かべている。
なんの関係もない私なのに、
私は心の中で2人のいつまでの幸せを祈っていた)

私はその日の日記を読み返してから、
シャープペンシルを取り上げた。

( 新郎の人は素敵な人だった。
 心の中の深い喜びをそのまま表したような笑顔を浮かべていた。
 その人は新婦の人の車椅子を押していた。
彼女は 心からあふれた歓びの涙で頬を濡らしていた。
 その頬に花びらをくっけて笑っていた。
 あのような顔をいつか私も見せることができるだろうか。
 きっと、できる。
 いつも前を向いて生きていきたい。いや、生きていくのだ  )