オレんちから 40分ほど歩くんだけど、
こじんまりした入江があるんだ。
たまに散策している人たちがいるけれど、
いつもは人っ気がなく静かなんだよ。
オレ高校3年で学校があるから日課というわけにはいかないけれど、
土日はよくこの入江の砂浜で、
1、2時間、ダンスをする。
ダンスがキレキレッで知られる某アイドルグループの真似をして、自己流の振り付けのものも交えて、砂を蹴散らして自由自在に、
あるいはメチャクチャに踊りまくる。
今は5月で、
よく晴れているときは大汗をかく。
それでも終わると爽快なのよ。
遠浅なのでヘソの上まで海水がくるところまで行って、
少し泳いで汗を流すこともある。
無論、そのときはフンドシ1丁の姿になるけどな。オレ、一応漁師の子なの。
親父からフンドシの締め方も、
小学校に入って教わっている。
砂をいっぱい弾き飛ばして踊りまくったから、
これから泳ぐかと思ったのよ。
体についた砂を洗い流してわが家へ戻ろう、
ムロアジの一夜干しでドンブリ飯の昼飯を食おうと思ってさ。
だいぶ遅めの昼食だな。
一夜干しってメッチャうまいのよ。
口の中にほんの少し砂が入っていたので、
パッとつばを飛ばした。
オレの影の胸のあたりに飛んだ。
変だな、となんとなく思ったんだ。
でも、オレの影のどこが変なのか、
それがわかるのに2秒ぐらいかかったかな。
オレの影さぁ、
オレの足と影の足はくっついてなきゃおかしいだろ。
離れてんだよ。
ただ砂浜に立っているときの影って、
この時間、そんなに遠くまで伸びていないよな。
ところが、伸びてる。
そして、その影はオレの足から離れてんだよ。
「なんだこの影は?」
なんかオレ、
頭にきたのよ。
思いっきり飛び上がった。
ところが影の野郎、
砂浜にずっとくっついて1ミリだって動いてねーのよ。
オレは怒ったね。
今度は影にジャンプして、
それのお腹あたりに着地して、
その後、ヤタラメッタラ踏みつけてやった。
影の野郎はそれでも動かねーのよ。
凸凹になったけれどまるで動いていない。
なんだかこのとき、
初めて恐怖に襲われたんだ。
オレは影から数メートル離れた。
そして、影をにらみつけた。
凄え不可解なことが起きたのよ。
影が砂をサラサラ落としながら立ち上がった。「エッ、なんだよこれって、マジかよ?」
オレは影に目を凝らした。
間違いなく後ろ姿のオレの影だった
でも、オレから独立して立っていやがる。
オレは雄叫びをあげてオレの影に突進した。
影はオレと同じように突進した。
オレが止まると止まる。
テンポの速いダンスを踊ると、
まったく同じように踊る。
オレは恐怖と好奇心が混じって悲鳴のように叫んだ。
「もう、ふざけるのはやめろ。ちゃんとオレの影に戻れ!」
オレは影に駆け寄って抱きすくめた。
そのとき、黒い影はまぶしい白い輝きを放ってオレを包んだ。
目がクラクラしてオレは倒れた。 
 とっさに、起き上がった。
そのつもりだった。
でもオレは砂浜に張り付いたように起き上がれなかった。
すぐ目の前に影が、いやオレが立っていた。
後ろ姿だった。
「こら、影のくせしてナメた真似すんな! 」
オレは叫んだが、
声は出なかった。
オレに変貌したオレの影は、
砂浜をスタスタ歩き出した。
オレは砂浜の表面をするする移動した。
いや移動させられた。
「オレは影に乗っとられてしまったんだあぁ。助けてくれ!助けてくれー!助けて… . 」
オレの声は途中でかすれた。
そして、何が起きたのかを把握できる認識力が、
すーっと消えていった。
影になってオレは全てを失った。
その一瞬後、
オレは砂浜をスタスタ歩いている自分を認識した。後ろを振り返ると、
影がしっかりと落ちてオレと行動を共にしていた。
オレは影と入れ替わって元のオレに戻れたのか、それとも、今のオレはオレを乗っ取ったオレの影なのか。
何とも言えない不可思議な、少し薄気味の悪い気持ちになった、
もうどうでもいいやと開き直った。
これでいいんだ。
本来のオレに戻ったにしろ、影の野郎に乗っ取られたオレにしろ、オレは間違いなくオレなのだ。
それで何ごとも収まるじゃないか。

「ああ、腹が減った」