大リーグで投打の二刀流で、
日本人選手大谷翔平がベーブ・ルースの2桁勝利2桁ホームランの記録を破った。
それから30年ほど後のお話である。
この間、日本人選手の大リーガーは、
ホームランキングに輝いたものもいれば、
首位打者の栄光に浴したものもいる。
打点王の栄冠を獲得したものもいる。
しかし、三冠王を勝ちとったものはいない。
大学卒業後、
日本のプロ野球に入った年に、
三冠王に輝いたものがいる。
葉月雄介だ。
葉月雄介は翌年大リーグに入った。
日本人選手ではじめての三冠王獲得を期待された。
だが、その年に急速165キロのデッドボール背中にうけて選手寿命を終えた。
ただ、その時点で規定打席数に達していたので、3割8分8輪という打率で首位打者だけは手中にすることができた。
僕はコミック作家だから、
葉月雄介のフアンとして、
それをモデルに大リーグで三冠王に輝いた日本人の若者を主人公にしたコミックを描きたい、
と念願していただけに、とても落胆した。
でも、筋立ては変えても、
葉月雄介をモデルに描きたいという熱意に変わりはなかった。
それで野球生命を絶つまでの葉月雄介の大リーグでの足跡を正確に調べるために、
アメリカのシアトルへ旅立った。
シアトルの桜の名所が満開だということを知り、僕はタクシーでそこへ急いだ。
葉月雄介は、
シアトルを本拠地とする球団へ所属した。
シアトルへ降り立った葉月雄介は、
まずその桜の名所へ立ち寄っている。
風の強い日で、¥花びらが目の1つを直撃し、
数秒間その目は視力を失った。
そんな記事を何かの雑誌で読んだことがある。
その桜の名所はかなり混雑していた。
僕はあちこち歩いてトイレを探した。
ようやく見つけたトイレは少し桜の名所から外れていて、
空いていそうだった。
僕は男性用トイレの入り口を開けた。
スーツ姿の葉月雄介がいた。
僕と目が合うとにこやかに笑った。 
僕は軽く頭を下げて、
彼が出やすいよう 横に寄った。
葉月雄介は大股で入る道を出ると、
スタスタ歩き出した。
僕はドアから手を離した。?
彼の後ろ姿をスマホで
撮っておこうと思い直し、
その用意をしながら彼の後ろ姿を確認した。
、一瞬の差で彼は蒸発したように消えた。
少し先の人の流れの中に入り込んだのだと思ったが、
しかし、忽然と消えたような気配は僕の記憶に強く残った。
変な感じだった。
ホテルの部屋に落ちついたとき、
僕の頭には葉月雄介らしき人物を主人公にしたコミックの大筋が明確に刻まれていた。
後日談になるが、
葉月雄介はニューヨークから国内便に乗りシアトルに向かったが、
その後消息を断っていた。
アメリカが謎の失踪事件として大騒ぎをしたので、日本は無論のこと世界中がその事件を興味深く報道した。
アメリカ滞在中の僕は大リーグ時代の彼の足跡を追いながら、
あのときのスーツ姿の葉月雄介は、
本当に忽然と消えたのだと思うようになった。
そのように信じたかった。
野球生命を絶たれて、
彼はアメリカの地を踏んで最初に訪れたシアトル市最大の桜の名所から、
新しい世界を目指して姿を消したのだ。
そのくらいに思ったほうが、
これから描くコミックの展開がダイナミックなものになる、
と直感したからだった。 
20巻で完結を予定した書き下ろし長編コミック「大リーグ三冠王を獲れ」は、
第1巻から好調で半年後に第2巻が出るまで50万部以上も売れた。
第2巻は初版50万部でスタートしたが、あっという間に重版 した。
この素晴らしい売れ行きは、
葉月雄介をモデルにした近衛大輔という主人公がまるで生きているかのように、
みずみずしく活写されていることにあった。
他の登場人物も近衛大輔のオーラを浴びて、みな生き生きと活躍した。
ストーリー自体が単純明快で、
近衛大輔が自分の夢を実現しようとして日本中を歩きまわり大リーグで三冠王を狙える素材を見出し、
自らが手取り足取り教えていく物語だった。
そうして仕込んだ赤木創造は、
大リーグへテストで入団し、
傘下の球団に配属されたが、
1月もたたないうちに大リーグに引き上げられた。
すぐに超人的な活躍を見せて アレヨアレヨという間に三冠王をとり、
新人王、MVPにも輝いて赤木のスーパー奇跡と賞賛された。
ラストは近衛大輔が姿を消すようにしてどこかへ立ち去るところで終わっている。
全20巻で10年かかったが、累計8000万部を超えた。
テレビドラマ化、舞台化、映画化の話はいっぱいあったが、
僕は全てを断った。
コミックで 本物の命あるもののように精彩を放つ近衛大輔と、
198センチも身長がありながら三冠王になっても初々しさを失わない赤木創造は、
テレビドラマ、映画、舞台などではコミックに負けない迫真力で描出することは不可能だ、
と僕は思っている。
僕自身はこういうラストシーンもあり得るかと最初のラストシーンをかけ終えた後、
2つのラストシーンを描いたが、
すでに近衛大輔から生き生きとしたオーラは消えていた。
余談になるが、赤木創造の三冠王が決定した時点で、
ボリビアの辺鄙な地にある牧場で働いていた葉月雄介が名乗り出ている。
テレビで見た限りでは、
朴訥な人柄に強い意志を秘めているように見えた。東北の故郷で牧場を経営したいと語っていた。

僕の話は葉月雄介の出現を最後に終わりとさせていただく。