[この就活はいつまで続くんだ]
僕は苛立って、つい小声でつぶやいた。
都心から1時間半もあれば着くこの街にやってきたのは、
千代田区内の面接会場で面接官から、
「少し独善的な性格かなあ」
と、小首をかしげられたからだった。
採用される確率は100分の1もないだろ、と僕はむしゃくしゃして、
学生時代に彼女と歩いたこの街へやってきた。
旧市街の中心部は江戸の蔵構えの商家が軒を連ねて時代を忘れさせてくれた。
無論、よく見れば現代なのだが、今の僕にとって歩くだけで救われた心地になる。
歩いている人の半分以上は観光客のようだった。
角が土蔵なっている横道を通り、さらに右折して裏通りに入った。
ぶらぶら歩いて雑木林の中にあるような細道に入った。
右手は人の手が入った林で、その奥からわらべ唄の「通りゃんせ」が聞こえてきた。
僕はその歌声に惹かれたように歩き出した。
十数人の子供たちが歌いながら遊んでいる。
門番役が向かい合い、両手でアーチを作っている。
そのアーチの下を次々に子供たちがくぐり抜けていく。

♪ 行きはよいよい 帰りはこわい こわいながらも通りゃんせ 通りゃんせ…

歌い終わると、門番役の2人は揃って手を下ろした。それぞれが1人を捕まえている。
今度は捕まった2人が門番役になって、

♪通りゃんせ 通りゃんせ

と、子供たちは最初から歌いだした。
「ああ、こうして遊ぶのか」
と、僕は立ち止まった。不思議なことに気づいた。

子供たちはみな、江戸時代の子供たちの服装だった。
何かのイベントの一環だろうか、と思って周りを見渡したが、
それらしい片鱗も見つけることができなかった。
「おっさん、仲間に入らんか」
大柄な男の子に声をかけられて、僕は子供たちの輪の中程に混じった。

♪ちっと通してくだしゃんせ 御用のないもの通しゃせぬ・・・

僕は捕まってしまった。
「うん、ありがとう、僕はこれで抜けるよ」
僕は子供たちと離れて,もときた道を取って返した。
木々の間から神社の拝殿の横壁が見えたので、もとの大通りへ戻る気になったのだ。
今の自分の気持ちとしては神社はそぐわない、という気がした。
もとの大通りに戻ってみると、行き交う人々が服装も言葉も江戸時代のものになっていた。
軒を連ねる商家も江戸時代の大店そのものだった。
どういうことだ、と僕は狼狽した。
「今は何という年号ですか、天保年間ですか? それとも安政年間あたりですか?」
道行く人は僕の姿がないかのように、僕の声が聞こえないかのように、
普通に行き過ぎていった。
そうか、僕は透明人間のようになっているんだ。
僕は好奇心まじりの恐怖心にとらわれた。
小間物屋の大店があった。
僕は出入りする客にぶつからないように注意して店内に入り、
姿見の1つに自分の顔を写してみた。僕の顔は写らなかった。
僕は外へ出てから本当に途方にくれた。僕は僕が生きている時代に戻れるだろうか。
頭が混乱して雄叫びをあげたくなった。本当にあげようとして思いとどまった。
「通りゃんせ」で遊んでいたあの子供たちに交わったから江戸時代スリップしたに違いない。
ということは、あの子供たちの輪に入り、
今度はアーチ門を無事にくぐったら僕の時代に戻れるのではないか。
そうだ、きっと戻れる、と僕は安堵した思いで神社の林へ急いだ。
戻れなかったらどうしよう、という不安は押しつぶしながら、
ただただ「通りゃんせ」の輪の子供たちのところへ急いだ。