んんんんん?

私は足を止めて鏡に映る自分の足に目をこらした。

やはり、

一瞬の一瞬、

私のほうが遅れている。

ほとんど直感的な判断によっているが、

私のその判断に誤りはないと思う。


私は8歳のときから母の勧めでモダンバレエを始めた。

15歳のときにアクロバットに近い ダンスにのめり込み、

ニューヨークにダンス留学した。

家庭環境の影響で英語に馴染んでいたので、

現地のハイスクールで学びながらのダンス留学だった。

当時の最先端を行くダンスをマスターし、

25歳で帰国し都内に、

穂高玲子次世代ダンスアカデミーを設立した。

気合いの声を宙で発しながら行うキレキレのダンスは若い世代に受けて、

穂高玲子つまり私はアイドル的人気を得た。

それはともかくとして、

私が振り付けを行った男性アイドルグループのムーンタイガーは、

現在、

ヨーロッパ各地をツアー中だが、

どこでも熱狂の渦を巻き起こしている。


そんなことはどうでもいい。

私は今、

自宅地下の私専用のレッスン場にいる。

壁の一面は鏡張りだ。

地下の部屋でも天井は高く、

床面積は40坪もある。

私は数メートル助走して倒立すると、

両腕も胴も両脚もすべてバネにして、

「タア~ッ!」

と、鋭い気合いと共に宙で2回転し着地した。

そのときには鏡の中の着地した自分の足を見ていた。

「やはり、一瞬の一瞬ぐらい遅い。感覚の問題だけれど、

 絶対遅い」

私はつぶやいて、

(ということは、今の私は鏡の中の自分の動きを真似ただけだ)

 と、今度は心で思った。

どういうことなのだ。

私は気合いを発しながら狂おしく跳ね,舞い、

回転した。

その動きをパッと止めて鏡を見る。

やはり、

リアルの私のほうが遅い。

この感覚は、

つい1週間程前にはなかったものだ。

それまでは、

鏡の中の自分はリアルの自分に一瞬の一瞬遅れて動いていた。

つまり、

リアルの自分を真似ていただけなのだ。

それが逆転してしまった。

これは何を意味するのか。

私は何かを畏れ怖れておののいた。


私は鏡へ向かって歩いた。

鏡の直前で1呼吸置いてから、

右足を大きく上げて鏡の中へ踏み込んだ。

何の抵抗も受けずに、

右足は鏡の中で着地した。

「本物は鏡の中だ!」

私は声をかすらせて絶叫した。