私の生業は絵を描くこと。

そう大上段に構えると、

あまり名も絵も売れていないし面はゆい。

放浪に近い旅をして気に入った風景、

光景をスケッチする。

それに水彩絵の具で簡単に色を入れる。

気ままでそれなりに楽しい。

放浪が主のようなものだが、

そんな私を岩手県の地方紙が取材して記事にした。

それを読んだ盛岡市内の幼稚園の園長さんが、

うちの園で子ども達に絵本を読み聞かせてくれないか、

と言ってきた。



私はTシャツもジャケットもコートもズボンも、

身につけるものはすべて白いものにしている。

そのまま身につけるわけではない。

アクリル絵の具を使って落書きのような絵や、

正体不明のものを描く。

筆が赴くままにだった。

かぶる帽子も白いハンチングで、

いろんな色を使って、

傍から見たら不可解な文様を描く。

そんな私が子ども達の前に現れると、

子ども達はワア~ッと湧いた。

私は「3びきのこぶた」と、

この日のために作った自作の紙芝居をやった。

自作の紙芝居にはラクダが出てくる。

それで予備知識を与えるために、

「3びきのこぶた」を読み聞かせると、私は、

「ラクダには背中に瘤(こぶ)があるね。

 あの中には何が入っているのかな?」

と、質問した。

年長組の子供を中心に、

手が多くあがった。

「脂(あぶら)です」

「栄養です」

共に正解だった。

「水です」

これも正解にした。

私の世代が子供の頃は(水)と教えられたものだ。

「パワーです」

これは凄い正解だ、

と、私は感心した。

真っ直ぐ手を上げている年長さんの女の子がいた。

きみ、と私が指さすと、

その子は立ち上がり凛とした声で答えた。

「服です」

子ども達がざわめき、

会場の背後にいたお母さん達から失笑が伝わってきた。

私はとっさにこう言ってほめた。

「ラクダさんが瘤に好きな服をいっぱい詰めて旅に出たらいいね。

 何日も飲まず食わずで旅をしても好きな服を取っ替えながら

 毎日着れば楽しいぞ。凄い答えだ。きみは将来、デザイナーになりなさい」

女の子は嬉しそうにうなずいた。


この幼稚園での読み聞かせが好評で、

この模様が全国紙に取り上げられたことで

連鎖反応のようにオファーが途切れなく入ってきた。

気がついたら、

年間100カ所前後の場所で読み聞かせを行うようになっていた。

その場所の多くは、

幼稚園、保育園、小学校、書店だった。

未知の場所へ行くことのほうが多いので、

放浪のスケッチ画家を通すこともできた。

そうして気がついたら30年近くが経っていた。

30周年を区切りにしよう、

とそろそろ85歳になる私は思った。

30周期年、

そして、

引退記念で読み聞かせるものは、

「3びきのこぶた)と自作の紙芝居に決めた。

盛岡市での最初の読み聞かせ会のときと同じにして、

終始を合わせるつもりだった。

自作の紙芝居は、

画のほうが傷んできたので、

10年ほど前からほったらかしにしてあった。

修正の筆を入れているときに、

ふっと、

「服です」と答えた年長組の女の子のことを思い出した。



30周年記念、そして、

引退記念の読み聞かせ会は、

ニコタマ、こと二子玉川の幼稚園で行われた。

場所柄なのか、

子ども達もどこか小綺麗にしていて、

保護者として後方での参観を許されたお母さん方も

垢抜けた雰囲気だった。

「3びきのこぶた」を終えて、

私は子ども達に、

「ラクダの瘤の中には何が入っているのかな?」

と、訊いた。

大多数の子が手を上げた。

「脂肪です」

という正解の答えがほとんどだった。

「水」

と、答えた男の子が1人いたが、

水じゃないぞ、とやじられた。

30年前は水も独断で正解にしたが、

今はもうハッキリと不正解なのだな、

と私は今昔の感にとらわれた。

このあたりで打ち切ろうとしたときに、

ハイと手を上げた年長組の女の子がいた。

どうぞと言うと、

「ドレスです」

と、答えた。

私の体は、一瞬、硬直した。



終了後、

32、3歳のお母さんが私の前にやってきて、

丁寧にお辞儀をした。

斬新なデザインのワンピースを、

自分の体の1部のように着こなしていた。

すでに私には彼女の正体がほぼ解っていた。

「さっき、ドレスです、と答えた子のお母様ですね?」

彼女は驚いたように顔を上げた。

「お解りでしたか」

「あのときのお母様は、服、と答えたんですよね」

「間違いを咎めもせず、感性の答えだと誉めていただきました」

「今でも感性豊かな答えですよ」

「まだ駆け出しですが、デザイナーをしています。

 あのときの先生のお言葉を実現させようと必死に頑張りました」

「ほう、それはそれは」

「本当に有り難うございました」

デザイナーの彼女は、

また深々と頭を下げた。

「玄関のほうで娘が待っていますので」

私に背を向けて立ち去りかけたが、

彼女は私に体を戻して微笑した。

「黙っていようと思いましたが、

 申し上げることにしました。あのとき、

 私は、服です、と答えたのではなく、

 福です、と答えたのです」

「・・・・・」

「先生があの幼稚園にこられたのは、

 節分の少し前でした。祖母が亡くなったり、

 父が交通事故に遭ったりで嫌なことが続いていました。

 福がわが家にほしかったのです。それで、福です、と」



会場から彼女の姿が消えると、

私は思わずつぶやいた。

「福か。最高に素晴らしい答えじゃないか」