「お前、何者だよ?」

俺はベッドに横になるやいなや、

跳ね起きて叫んだ。

窓際の陰にもっと濃い影がうずくまっていた。

窓のカーテンに、

大きな鎌が立てかけられている。

「僕、シジンケイカンなんですけど」

濃い影は弱々しい声で言った。

「詩人警官? 詩人の警官かい。詩の同人雑誌の
 同人にいてもおかしくないな」

「いえ。死神に刑事の刑に官僚の官と書きます」

「死神刑官? 何よ、それ?」

俺は濃い影に目を凝らした。

黒い帽子、黒いマント、黒いスカート、黒いタイツ

の黒ずくめの服装で、馬面だった。

目はどんよりとした灰色で、泳いでいる。

ハアハア喘いでいる。

「この世の人は単に死神と呼んでいますが、
 我が国ではれっきとした国家公務員です」

 死神は喘ぎながらも淀みなく言った。

「その我が国ってどこにあるの?」

「人間が作った天国や、極楽とは違うんで、
 説明に100時間はかかります」

「いいよ。いいよ、説明は。ただ死神さんがなぜそんな隅っこで   
 気息えんえんの状態でいるんだよ?」

死神と名乗られてもまるで怖くなかった。

おかしな不気味さは感じているが。

「この世に1週間の出張でやってきたんですよ。
 ノルマは1日1人のお迎えを取ることです」

「お迎えを取る?」

「あの世からそろそろお迎えがくる、なんて言いませんか」

「そういうことか。それでお前、俺のところへお迎えを取りにきたの?」

「まさか」

死神はケイケイケイケイケイと奇っ怪な声で笑った。

「1人は取っていかないと思ってここへ入ったんですが、人違いでした」

「勝手に俺のお迎えを取りにこられちゃたまんないぜ。何か
 お迎え取りには決まりがあるのか?」

「30歳以上でこのまま生きていけば類い希なる凶悪犯罪を
 犯すことになる者を間引きしているのです」

「俺は30歳だが、リストにはないんだな」

「御意」

「なんだよ」

「すみません。つい、我が国の公用語を使ってしまいました」

「類い希な凶悪犯人になる者をお迎えに取ると言ったってさ。
 1週間前に電車内で10人を焼き殺した事件が起きたばかりだぜ。
 ひと月程前には大型トラックで保育園の園庭を暴走し園児19人を
 死傷させた事件も起きた。ちゃんとやれよ」

「浜の真砂は尽きぬとも世に凶悪犯の種は尽きまじ、
 なんですよ」

死神刑官はあえぎながら弱音を連発し出した。

「1億人以上もいる国へ出張する私たち死神刑官は、
 たった100人なんですよ。類い希な凶悪犯人の種を絶滅できる
 わけないじゃないですか」

「私には妻1人と息子が2人いますが、食っていくのには
 給料だけでは到底足りないんです。女房はやむなくタワー塔の外壁掃除の
 パートをやっているんですよ」

「危ないな」

「羽衣を身につけていますから。私のこれも羽衣なんですよ」

死神刑官は黒いマントをヒラヒラさせてみせた。

「私も副業をやってましてね」

「どんな副業だよ」

「カラス退治です。我が国は人口の100倍ものカラスが
 棲息しています。空を舞って大鎌一振りすれば10羽は落とせます」

「俺もカラスは嫌いでね」

と、応じたとき、奴はグハグウグハハといびきをかいていた。

こんなところで死神に寝込まれてはたまらない。

「おい、おいおい、おいおいおい」

起こすと、目を薄く開けた。

「大丈夫ですよう。夜が明ける前に出ていきますよう。
 だから、貴方も安眠してください」

奴は右手をヒラヒラさせた。

「お前がそこに寝ていて安眠できるかよ」

この言葉を言い終える前に、

俺は心地よい睡魔に襲われた。

奴が右手で何かを送ってきたせいらしい。


翌朝、

少し寝坊した。

奴は確かにいなかった。

夢だったのかと思ったが、

大鎌が窓に立てかけられたままになっている。

このとき、俺の脳内で奴の声が響き渡った。


(死神刑官です。大鎌を忘れました。柄をそうっと握ってください。
 それで私の手に戻りますので)

言われたままに、

俺は大鎌の柄を握った。

大鎌は一瞬のうちに消えた。

このとき、

俺はあいつに関わって初めて本物の恐怖に襲われた。

大鎌はババ抜きのババではなかったのか。

しばらくしたら、

俺はあいつが言う我が国というところにいて、

死神刑官となって大鎌を握っているのではないか。

そして、

あいつはここにいて俺になっているということだ。


俺は深い深いため息をついて放心した。