中学1年のとき、

ジュウシマツを飼ったことがある。

ミカンの空き箱の内側に棚を作って、

止まり木もつけて、

棚には藁で作られた巣を置いた。

そして、

目の細かい金網を張り、

左端はドアにしてできあがった。

小鳥屋で買ったつがいのジュウシマツを入れた。

稗(ひえ)と粟(あわ)の餌は丹念に取り替えた。

殻をうまくむいて実を食べるけれど、

殻は餌箱に落とすので、

殻をむく前の実とごっちゃになる。

ジュウシマツのほうは、

ちゃんと選んで食べるのでどうでもよかったろう。

僕はごっちゃになってるのがいやだったから、

まめに殻は捨てた。

水もすぐに入れ替えたな。

小鳥屋へ行くと、

殻をむいた粟に卵の黄身をまぶしたものや、

貝殻を細かく砕いたものを売りつけられた。

「いい卵を産ませないと、いいヒナは孵らないよ。

 栄養とカルシウムをとらないとね」

そうだろうな、と僕は思った。

「いいヒナが孵ったら1羽〇円で引き取るよ。

 ジュウシマツはどんどん殖えるからね」

その言葉は神の言葉に思えた。

どんどん増殖(ウイルスみたいだな)させて、

どんどん小鳥屋に持っていこう。

「少年王者」という漫画の読者だったから、

「少年社長」という言葉が浮かんだ。


つがいのジュウシマツは、

やがて抱卵に入った。

代わる代わる抱卵するので、

仲いいな、と思った。

やがてヒナが孵った。

5つぐらい抱卵していると思ったけれど、

7羽も孵ったんだよ。

餌と水を頻繁に補充して忙しかった。

母や、姉が手伝おうとすると、

「駄目っ!」

と、僕は叫んだ。

誰にもいじらせたくなかった。

気になって早退もしたっけ。

ヒナたちが気になって、

休もうと思ったこともあった。

忌引き、

という言葉の意味もそれで知った。

でも、母が死んだことにしても、

姉が死んだことにしても、

すぐばれそうだからやめた。


ヒナはスクスク育って、

止まり木に親も含め9羽が

並んで止まるようになった。

両端に親が止まっていることが多かった。

ガードのつもりだったんだろうな。

親と遜色ないぐらいの大きさにヒナがなったとき、

僕は3羽を選んで、

菓子折の箱に入れて小鳥屋へ持っていった。

箱の蓋には四角い窓を開けて、

透明のセルロイドを張ってあった。

小鳥屋の店主は、

三角形の金壺眼を鉛色に光らせて3羽を一瞥すると、

「羽毛の艶も悪いし、色柄も月並みだね」

と、にべもなく言った。

一羽も買い取ってくれなかった。

帰り道は傷ついて足が重かった。


学校から帰ったら母もお使いに行ったのか、

誰もいなかった。

急いでジュウシマツの箱を置いた出窓へ行くと、

アオダイショウが金網に頭を押しつけていた。

ジュウシマツたちは、

箱のなかで大騒ぎしていた。

「この野郎!」

僕は怒鳴りつけたが、

ヘビは大嫌いだった。

僕は物置へ行ってモップを探し取って返した。

アオダイショウの野郎、

まだ鎌首を上げて金網に頭を押しつけていた。

「この野郎!」

モップで払いのけると、

雑巾部分に絡みついてきた。

「うひっやあ」

僕は屋内を駆け抜け、

素足で庭へ飛び降り、

モップを大きく振りかぶって強く振った。

「この野郎、地獄へ行け!」

アオダイショウは、

道を隔てた隣家の生け垣を跳び越え、

犬小屋の前へ落ちた。

昼寝をしていた隣家の犬は飛び起きて、

アオダイショウに向かって烈しく吠え立てた。

近所の人が集まって大騒ぎになった。


僕のジュウシマツに悲劇が起きた。

学校から帰ると、

母がジュウシマツの箱の前で呆然としていた。

「買物から帰ったら、ノラネコが戸をこじ開けていてね、

 前足を伸ばして爪でジュウシマツを捕っていたんだよ。

 私を見るとさっと外へ飛びだしたんだよ」

箱の中も出窓も羽が散乱していた。

血も飛び散り、2羽が死骸になっていた。

無事なジュウシマツは1羽もいなかった。

「ノラネコが逃げた後、何羽かは箱から飛びだし、

 外へ飛んでいったよ」

僕は庭へ出て、

トゥトゥトゥトゥトゥ、

と叫んだ。

鶏を呼ぶときの呼び声だが、

僕はジュウシマツに餌をやるときには、

小声でトゥトゥトゥトゥと知らせていた。

野鳥ではないから遠くへは行けないはずだ。

僕はトゥトゥトゥトゥトゥと叫びながら、

近所中を探し回った。

1羽も現れなかった。

僕は2,3日、落ち込んだ。

「新しいジュウシマツを買ってこようか?」

母が言ったが、

僕は強く首を振って、

いらないと言った。

思い立って学校へ行く前、

庭へ稗、粟をまいた。

誰もいないとき、

どこかに潜んでいたジュウシマツが出てきて、

食べてほしいと思ったからだった。

次の日曜日の朝、

庭で父が僕を呼んだ。

出ていくと、

朝顔の鉢植えの1つを指さした。

1羽のジュウシマツが横たわっていた。

「もう死んでるよ」

僕はその死骸を庭の隅に丁寧に埋めた。

落ち込んでいたときのように悲しみはなく、

これですべてが終わったんだと思った。