リアス式海岸って、

小さな入り江がほぼV字形に切れ込んでいる。

険しい磯が段階を経て崖になり、

その上に小さな台地があるのよ。

左右は岬の側面で、

それに狭められた感じで正面が

低い山脈の側面部になっている。

台地の切れ目にも当たる麓に沿って道路が走る。

トンネルを縫いながら、

山腹を単線の列車が走る。


小さな台地には、

決まって小集落が息づいている。

ところどころ大きい台地があって、

街になっているよ。


でも、

リアス式海岸地帯で人が住むところの

ほとんどは、

今、ボクが説明したように、

あるかなしかの台地に、

家々が寄り添いあって暮らしている。

漁師の家が多いかな。

崖下に防波堤を持った船溜まりがあって、

夜明けなら沿岸漁業専門の小舟が

10隻ぐらい係留されてるだろ。

この頃は勤め人も増えてきたな。


ボクんちはお父さんが役場勤め、

お母さんは4つ先の駅にある

水産品加工場でパート勤務している。


しっかり者のお祖母ちゃんがいて、

変形性膝関節症で右膝が痛いのに、

家事を切り盛りして、

お父さんのお下がりのミニカーを運転し

ボクの送り迎えもしてくれる。

言い忘れていたけれど、

ボク、保育園の年少さんなの。


お祖母ちゃんにおんぶされて、

散歩をするの好きだなあ。

道路の手前で振り返り、

「ほら、水平線が見えないだろ。

 崖っぷちのほうまで行かないと見えねべ」

確かに、海は見えないのよ。

「おらのお母さん、坊のひいお祖母ちゃんに

 当だるども、それが娘っ子のときに大津波がきだ」

1933年3月3日の夜更けに発生した

昭和三陸大津波のことだよ。

その前に、

明治三陸大津波ってのもあったらしいけれど、

ひいお祖母ちゃんが生まれるだいぶ前のことだよ。

ひいお祖母ちゃんの体験談は、

もうお祖母ちゃんから10回は聞かされているんだ。

「おらのお母さんは地震で飛び起きて、

 家族と共にこんあたりまで避難してきて振り返った。

 集落の人は手に手に提灯をかざして、

 見えない海の方を見たっでよ。黒々としたものが

 フワリという感じで越えできた、フワリとな」

みんな提灯を捨てて、

線路が走っているあたりまで駆け上って逃げたらしい。

フワリと越えてきた後は、

ドドドドド~ッ、

って凄まじい勢いで伸びてきたんだという。

何人かが足を取られて持っていかれたんだって。

台地だから引くときの勢いも、

唸りを上げて吸い込まれていくようだったって。

「ひいお祖母ちゃんは助かったの?」

「助がらなかっだかっだらおらも坊もここにはいね」

 道路の向こうを大分登ったところに石碑が立っていて、

 そこまでツナミはきたっていうんだ。


10年前のあの日は、

お祖母ちゃんが早目に迎えにきたのよ。

膝がズキズキ痛んで胸騒ぎがしたんだって。

それで早退みたいにしてボクを連れ帰った。

庭に梅が咲いていてさ、

ホッケンキョって下手な声でウグイスが鳴いたのよ。

その鳴き声に笑ったお祖母ちゃんが、

不意に顔をこわばらせて、

「これだったんだ」

と、つぶやいた。

大地が揺れだした。

お祖母ちゃんはボクをしっかりおんぶして、

道路へ向かった。

家々から人が出てきた。

この時間、

この小集落にいるのは高齢者ばかりだよ。

膝が痛むお祖母ちゃんは、

何人かに追い越されながらも、

足を引きずって道路を越え、

例の石碑のところまで上がって、

「ここまで上がれば大丈夫だべ」

と、つぶやきながら振り返った。

聞いていた話は本当だった。

ツナミはフワ~リと恐ろしいほどに、

ゆったり盛り上がって台地へ躍り込むと、

ドドドドドド~ッと高速で伸びてきた。

「駄目だ、ここでは」

お祖母ちゃんはあわてて線路まで逃げ上がろうとしたが、

間にあわなかった。

ツナミに呑み込まれたときにはお祖母ちゃんと離され、

ボクはぷかりと浮かび、

お祖母ちゃんは、

「坊、坊は生きるんだぞ!」

と、叫びながら姿を消した。


あれからもうすぐ10年か。

お父さんもお母さんも元気でやっている。

小学生だったお姉ちゃんは、

去年の春、東京の女子大に入った。


お祖母ちゃんだけは気を落としたんだな。

あの日以来、暗い日々を送った。

心配でね、ボク、3周年の日に、

庭いじりをしているお祖母ちゃんに、

「お祖母ちゃん!」

と、声をかけたのよ。

姿もすぐに現してさ。

お祖母ちゃんはすくっと立ちすくんだ。

「坊、坊でねえが。でがくなっだな。本当に坊か」

「ああ、天国でも成長するんだよ」

「まさか」

「そのボクを見てるだろ。お祖母ちゃん、ボク、

 お祖母ちゃんのことが心配で、こうして見にきたんだよ。

 多分、お祖母ちゃんとは最初に再会できると思うから、

 それまで元気に楽しく暮らしてよ」

「坊があっちで元気なら」

「幸せにやってるよ。お祖母ちゃん、お祖母ちゃんがこっちで

 いつまでも元気に暮らせるよう、ボク、プレゼントを

 持ってきたんだよ」

「何?」

「すくっと立ち上がったじゃないか。右膝はもう痛まないからね」

「ほんとだ、ほんとだ」

お祖母ちゃんはぴょんぴょん跳ねた。


それからのお祖母ちゃんは、

若返ったように元気に暮らしている。


「お祖母ちゃん、再会はもっともっと先にしような」