私はスターだ。
大きく出たけれど、
テレビのバラエティーや、
アイドル系雑誌のグラビアにも
ちょいちょい露出して、
そこそこに人気があるモデルなの。

私の売りは特異な素材による
斬新なファッション。
今はコロナ禍の最中なので、
フアンの人も気を遣ってくれる。
道を歩いても手を振っての声援や、
少し寄ってきても
ソーシャルディスタンスを保っての
握手のまねごとですませてくれるもの。

屋形船でのクラスターが
騒がれた頃、
私のほうは人気が出だした時期で、
若い子のグループにあっという間に
囲まれることがあった。
「さわっていいですか」
「あっ、感触がパリパリしている」
「プラスチックの膜みたいだけれど、
吸いついてくるような手ざわりよ」
「わあ、この柄、手描きですか?」
「この前、深夜番組でアクリル絵の具を使って
一気に描く、っておっしゃってましたね」

結局、私の人気は、
特異な素材による、
私の体にしなやかにフィットしたデザインで、
アクリル絵の具を用い奔放に描いた
絵柄が受けてのものなのさ。
それだけに、
一過性の人気で、
たちまちのうちにコロナ禍に埋没し
消えていく、と言われたが、
逆に人気は上がっていった。
アクリルで彩色しない仮面をつけるところが、
フェイスシールドを連想させて、
視聴者の好感を招いたのかもしれない。
テレビに出ると司会者は必ず、
「今日のファッションのテーマは?」
と 訊いてくる。
その都度、私は適当に答える。
「火の女神です。紅蓮の炎をイメージしました」
このときの私は紅蓮の炎を描き、
オレンジ色に染めた髪を逆立てた。
「猛獣と同棲はできない。コロナは
見えない猛獣です」
このときは怒る猛獣を抽象タッチで描いて、
色とりどりのマスクに囲ませた。
いつもスタジオに爆笑が起きた。

この日、
私は仕事が久々にオフで、
自宅マンションで寛いでいた。
裁断、仕立てなどを行う部屋に入って、
おおざっぱに素材を裁断して着せたマネキンに見入った。
マネキンは、
私の等身大に作らせたものだった。
ハサミとキリと合成樹脂製の太糸があれば、
ドレス自体はすぐ完成する。
あとはアクリル絵の具を
たっぷり使い、
何を描くかだった。

そのドレスが完成した頃、
チャイムが鳴った。
そうだ、完全オフではなかった。
写真雑誌の取材の予定が1件あった。
私は女性編集者と男性カメラマンという
2人組を迎え入れた。
取材時間は40分という約束だった。
すぐに、
カメラマンは、
シャッター音を響かせ始めた。
私は、
特大のパレットに、
複数のアクリル絵の具を
たっぷり盛り上げて、
大きな絵筆にすくいとった。
「水を使わないんですか?」
女性編集者の質問は無視して、
ドレスの肩先に塗りつけた。
「生地は透明度が高いんですね。
体にフィットしてますね。その下には、
ブラジャーとパンティーしか
着けないんですよね。胸、苦しくないですか?」
うっセーなー、私はCカップじゃないんだよ、
見りゃ解るだろ、
と私は内心で毒づいた。
カメラマンが
ドレスのあちこちに近接して、
バシャバシャ撮りまくる。
私も左手で支えた
特大パレットを揺らしながら、
マネキンの周りを巡って、
アクリル絵の具を叩きつけるように塗り、
ときに色をミックスして塗りつけた。
「その生地の素材はどこのものですか。
断片を、いえ、端切れをお分けいただく
わけにはまいりませんか?」
まいるわけねーだろが、と私は内心で
吐き捨てる。
「まだ企業秘密でしょうが、提供メーカーはどこなんですか?」
「あんた、産業スパイ!」
私はついに声に出して叫んだ。
そのせいで、編集者が無口になったので、
私の作業は捗り、
程なく完成した。
左肩から左胸にかかる白い部分と、
それよりずっと小さい
白い部分が右肩から垂れる。
その他はコバルトブルー主体の色調に、
暖色系の塊が浮かぶ。
「白鯨のイメージですか? 小さな白い部分は
老船長の頭でしょうか」
カメラマンの感性は鋭かった。

取材を終えて、
私はゆっくりとシャワーを浴びた。
湯上りタオルで全身を拭いているときに、
全身の皮膚にいつもの感覚がやってきた。
1週間に1度、
必ずやってくる感覚だった。
私はベッドに横たわり、
むずがゆく心地よい感覚に委ねながら、
ゆるやかに身をよじっていった。
パリパリという乾いた音とともに、
私の皮膚は浮き上がり、
薄いゼラチン質のような
変化を遂げていった。
私はゆるやかに背中を見せていった。
背中の皮膚が浮き上がり、
硬質の薄い膜へと変化を遂げていく。

そうよ。
私のドレスの素材は、
私の抜け殻なのよ。