庭の芝生で、
孫の彦坊がでんぐり返しをやっている。
私がテラスに出て木組みの椅子にかけてから、
しばらくしてやめてテラスへ上がってきた。
「じいじ、何かを懐かしんでいたよ」
彦坊は小学低学年で、
見かけは園児の年長さんほどしかないが、
精神的には早熟だった。
「そうか、見て、さっと解ったんだ」
「きっと、僕が興味を持つことだと思うよ。
だから、話して聞かせてよ」
彦坊は私がかけているのと同じ木組みの椅子を、
私のすぐ脇に引きずってきて、
その上に乗ってチョコンとあぐらをかいた。
「じいじがきみと同じ歳の頃は、わが家も和風で、この庭も板塀で囲まれていたんだよ。花壇や、小さな菜園もあって、庭木も7、8本もあったかなあ。
その庭では小動物が激しい生存競争を繰り広げていた」
「生存競争?」
彦坊はつぶらな瞳をキラリと輝かせた。
「弱肉強食の世界だよ。彦坊は焼肉定食が好きだけどね」
「じいじ、話してよ。その弱肉強食の世界をさ」
彦坊はあぐらをかいたまま、
椅子をガタガタと揺すった。
私は自然に滲んだ微笑を抑えることなく、
話しだした。
不登校の彦坊が私の話に
興味津々のなってくれるほど、
嬉しいことは他にない。
~夏の我が家の庭での生存競争は、
とても激しかったよ。
夕立が上がった後のことだったか。
菜園のサトイモの大きな葉っぱに、
水たまりができた。
大きな露のようだったな。
葉っぱのの裏に潜んでいたアオムシが、
葉っぱの縁に現れたんだよ。
その途端に、
アオムシを捕らえようとして
スズメバチが飛びかかった。
その勢いが強くてね、
葉っぱがグラグラ揺れて、
雨水の水たまりが飛び散った。
ススメバチはびしょ濡れになり、
驚いて飛び去った。~
「よかった、よかった」
彦坊は拍手した。
「でもな、彦坊。アオムシにとって一難去って
また一難だったんだよ」
「どういうこと?」
「また葉っぱの裏側に隠れたアオムシは、
茎を上がってきたカマキリに襲われたんだよ。
2本のカマでガッと押さえつけられたら、アオムシはもう身動きできなかったよ」
「じいじ、助けてあげなかったの?」
彦坊は私を咎めるように見つめた。
「もっと残酷な話を思い出したよ。聞いてくれるかな?」
「うん」
私を咎めるような目のまま、彦坊はうなずいた。
~夜になって庭でカエルが鳴きだしたんだよ。
とても悲しそうな鳴き方だった。じいじは気になって、
懐中電灯を手に庭へ降りて、
鳴き声を頼りに塀際の雑草の繁みを照らしたんだよ。
アオダイショウがヒキガエルを締めつけていて、
その頭から呑みにかかっていた。
びっくりしたよ。物置から植木バサミを持ちだして、
アオダイショウの首をちょん切ってやろうと思った。
そのじいじの手を親父が強く掴んで止めたんだ。
「いちいち可哀相に思ったらきりがないぞ。
生き物の争いは自然に任せるんだ。なぜかは
そのうち解る」
「また葉っぱの裏側に隠れたアオムシは、
茎を上がってきたカマキリに襲われたんだよ。
2本のカマでガッと押さえつけられたら、アオムシはもう身動きできなかったよ」
「じいじ、助けてあげなかったの?」
彦坊は私を咎めるように見つめた。
「もっと残酷な話を思い出したよ。聞いてくれるかな?」
「うん」
私を咎めるような目のまま、彦坊はうなずいた。
~夜になって庭でカエルが鳴きだしたんだよ。
とても悲しそうな鳴き方だった。じいじは気になって、
懐中電灯を手に庭へ降りて、
鳴き声を頼りに塀際の雑草の繁みを照らしたんだよ。
アオダイショウがヒキガエルを締めつけていて、
その頭から呑みにかかっていた。
びっくりしたよ。物置から植木バサミを持ちだして、
アオダイショウの首をちょん切ってやろうと思った。
そのじいじの手を親父が強く掴んで止めたんだ。
「いちいち可哀相に思ったらきりがないぞ。
生き物の争いは自然に任せるんだ。なぜかは
そのうち解る」
じいじのお父さんだから、
彦坊にとってはひいお祖父ちゃんになる。
その言葉に偽りはなかったよ。〜
彦坊にとってはひいお祖父ちゃんになる。
その言葉に偽りはなかったよ。〜
「それで、なぜか解ったの?」
「1年ぐらい経ってからかな。わが家の庭ではなくて、麦畑の間の小道を歩いていたら右手の麦畑からヒバリが変な鳴き方をして1羽飛び立ち、続いてもう1羽飛び立った。
飛び去らずにね、騒ぎ立てるように鳴いて低いところを飛び回る。何か起きたな、と思ったから、そこへ行ってみたら、ヒバリの巣があって、何羽かの雛がいて、その1羽をヘビが呑んでいるところだったんだよ。アオダイショウじゃなくて、シマヘビだった」
「ヒャア!」
彦坊が恐怖に駆られて悲鳴を上げた。
感受性が鋭敏過ぎる子だから、その場面をありありとイメージしたのだろう。
いじめを受けていることを両親や、私に告白したときの彦坊も、
その最中にフラッシュバックしたのだろう。
同じ悲鳴を上げた。
今にも学校に乗り込みそうな両親をなだめて、
私はこう言った。
「不登校したきゃそれでいいんじゃないか。いじめを受けての学校教育で何を学ぶんだ。
しばらく不登校でいかせなさい。そのうち、いい選択肢が見つかるよ」
以来、彦坊はのびのびと不登校を続けている。
「じいじはヘビに雛がみんな呑みこまれるところを黙って見ていたの?」
何かの覚悟を秘めたような咎める視線で、
彦坊は私を見た。
「自然に任せろ、と親父に言われたけれどね、このときばかりは黙っていられなかったよ。
蹴とばしてシマヘビを追っ払った」
「よかった」
彦坊はニコッとした。
「シマヘビのやつ、こっちがガキだと思って舐めてきたんだよ。雛を呑みかけたまま
鎌首を立てて、じいじをにらんだ」
「えっ?」
「そのときだよ。麦を大きく揺らしてネコが飛び込んできた。
シマヘビの鎌首をくわえると、また麦を揺らせて姿を消した。
あっという間のことだった。あの頃は完全に野生化したノラネコが随分いたんだよ」
「超ヤバい」
「ノラネコにもね、ノライヌや、イタチという天敵がいた。今こそ住宅都市だけれど、
じいじの子供の頃の都下と呼ばれた東京郊外はそういうところだったんだよ」
「ふうん」
「みんな必死で生存競争をしていた。もの好きに、人間がその生存競争に
首を突っ込んっでは自然に逆らうことになる」
「じいじの話、何となく解るよ」
「そうだ、この庭の自然に溶け込んで悪をやっつけた正義の味方が現れた。
その話をしよう」
「まさか鬼殺隊?」
「彦坊の愛読マンガの(鬼滅の刃)に出てくるな。竈門炭治郎か」
ハハハ、と私は笑って続けた。
「金太郎を知ってるかな?」
「金という字を入れた赤い腹巻をして…」
「おう、その金太郎よ。その三二金太郎がマサカリ担いでやってきたんだ」
「本当? じいじ、とても嬉しそうだよ」
「宝物として大事にしまっておいた体験だよ。その宝物を最初に話す人間が
彦坊ということになる」
「どんな話。早く聞かせて。三二金太郎だから小さいの?」
「小さいよ。じいじのこの指くらい」
私は右手の人差し指を立てて見せてから、
おもむろに話し出した。
~カエルを呑みこんだアオダイショウは、
塀際の雑草地帯をねぐらのようにしていたんだよ。
じいじはネズミを呑みこんだところも見ている。
庭の花壇や、菜園をわがもの顔に横切ることもあった。
或る夕暮れ、
うちの庭へ近くの原っぱへ捨てられたらしい子ネコが迷い込んできた。
やっと目が見えるようになったばかりの子ネコだったんじゃないかな。
親を捜し求めてミャアミャア鳴いた。アオダイショウが
すっ~と寄ってきて、一瞬のうちに巻きついて締めあげていったんだよ。
そのときだった。身長10数センチの金太郎が現れてマサカリを振りかざし、
アオダイショウの首根っこに叩き込んだ。アオダイショウは子ネコから離れて
金太郎に反撃した。1メートル半はあったんだよ。金太郎に巻きつこうとしたが、
金太郎の動きはもっと素早くマサカリでアオダイショウの脳天を叩くんだよ。
段々、アオダイショウの動きが鈍くなってきて、その頭を金太郎のマサカリが
連打連打で叩きまくる。ついに動かなくなった。退治されたんだよ~
「ねえ、じいじ、アオダイショウを退治した金太郎は、
それからどうしたの?」
「足柄山へ帰ったと思うよ」
「どうやって?」
「アオダイショウを退治したあと、金太郎のそばへリスに似てリスより大きな
動物が現れたんだよ。今はないけれど、当時の庭木でアオギリが西の塀近くにあって、
背中に金太郎を乗せたリスに似た動物はな、そのアオギリを登り始めた。姿が
見えなくなったと思ったら、パッと西へ向かって飛んだんだ。
金太郎を乗せて空飛ぶ絨毯のようにな」
「それってムササビだ!」
彦坊が感動して叫んだ。
「さすが彦坊。当時はこのあたりの家々にはみな庭木があった。
庭木の高いところへ登って飛べば遠くまで飛べる。木々を伝って畑へ出れば
屋敷森を持った農家がある。
そこのケヤキの大木の根元近くへ飛んで、梢近くから飛べばかなり遠くへ飛べる。
雑木林もあちこちにあったし、今と違うし、丘陵地帯へ辿りつけば
丹沢系の山脈につながるだろう。夜だけ飛んで時間はかかるけれど、
無事、足柄山へ着いただろ」
「星空を見ながら、満月に照らされて旅を続ける金太郎か。
うらやましいなあ」
「彦坊も願ってごらん。三二金太郎が遊びにきてくれるかもしれないよ」
「よし、願うぞ」
彦坊は呪文のようなものを唱えだした。
私は話し疲れて眠くなった。
木組みの椅子でまどろんでいると、彦坊が歓喜の声を上げた。
「きた、きたきた! ムササビじゃなくて
ドローンに乗ってやってきたぞ」
私はドローンから降り立った三二金太郎と再会したかったけれど、
彦坊だけの世界にしてあげよう、
とまどろみから本物の眠りに落ちた。
いじめを受けていることを両親や、私に告白したときの彦坊も、
その最中にフラッシュバックしたのだろう。
同じ悲鳴を上げた。
今にも学校に乗り込みそうな両親をなだめて、
私はこう言った。
「不登校したきゃそれでいいんじゃないか。いじめを受けての学校教育で何を学ぶんだ。
しばらく不登校でいかせなさい。そのうち、いい選択肢が見つかるよ」
以来、彦坊はのびのびと不登校を続けている。
「じいじはヘビに雛がみんな呑みこまれるところを黙って見ていたの?」
何かの覚悟を秘めたような咎める視線で、
彦坊は私を見た。
「自然に任せろ、と親父に言われたけれどね、このときばかりは黙っていられなかったよ。
蹴とばしてシマヘビを追っ払った」
「よかった」
彦坊はニコッとした。
「シマヘビのやつ、こっちがガキだと思って舐めてきたんだよ。雛を呑みかけたまま
鎌首を立てて、じいじをにらんだ」
「えっ?」
「そのときだよ。麦を大きく揺らしてネコが飛び込んできた。
シマヘビの鎌首をくわえると、また麦を揺らせて姿を消した。
あっという間のことだった。あの頃は完全に野生化したノラネコが随分いたんだよ」
「超ヤバい」
「ノラネコにもね、ノライヌや、イタチという天敵がいた。今こそ住宅都市だけれど、
じいじの子供の頃の都下と呼ばれた東京郊外はそういうところだったんだよ」
「ふうん」
「みんな必死で生存競争をしていた。もの好きに、人間がその生存競争に
首を突っ込んっでは自然に逆らうことになる」
「じいじの話、何となく解るよ」
「そうだ、この庭の自然に溶け込んで悪をやっつけた正義の味方が現れた。
その話をしよう」
「まさか鬼殺隊?」
「彦坊の愛読マンガの(鬼滅の刃)に出てくるな。竈門炭治郎か」
ハハハ、と私は笑って続けた。
「金太郎を知ってるかな?」
「金という字を入れた赤い腹巻をして…」
「おう、その金太郎よ。その三二金太郎がマサカリ担いでやってきたんだ」
「本当? じいじ、とても嬉しそうだよ」
「宝物として大事にしまっておいた体験だよ。その宝物を最初に話す人間が
彦坊ということになる」
「どんな話。早く聞かせて。三二金太郎だから小さいの?」
「小さいよ。じいじのこの指くらい」
私は右手の人差し指を立てて見せてから、
おもむろに話し出した。
~カエルを呑みこんだアオダイショウは、
塀際の雑草地帯をねぐらのようにしていたんだよ。
じいじはネズミを呑みこんだところも見ている。
庭の花壇や、菜園をわがもの顔に横切ることもあった。
或る夕暮れ、
うちの庭へ近くの原っぱへ捨てられたらしい子ネコが迷い込んできた。
やっと目が見えるようになったばかりの子ネコだったんじゃないかな。
親を捜し求めてミャアミャア鳴いた。アオダイショウが
すっ~と寄ってきて、一瞬のうちに巻きついて締めあげていったんだよ。
そのときだった。身長10数センチの金太郎が現れてマサカリを振りかざし、
アオダイショウの首根っこに叩き込んだ。アオダイショウは子ネコから離れて
金太郎に反撃した。1メートル半はあったんだよ。金太郎に巻きつこうとしたが、
金太郎の動きはもっと素早くマサカリでアオダイショウの脳天を叩くんだよ。
段々、アオダイショウの動きが鈍くなってきて、その頭を金太郎のマサカリが
連打連打で叩きまくる。ついに動かなくなった。退治されたんだよ~
「ねえ、じいじ、アオダイショウを退治した金太郎は、
それからどうしたの?」
「足柄山へ帰ったと思うよ」
「どうやって?」
「アオダイショウを退治したあと、金太郎のそばへリスに似てリスより大きな
動物が現れたんだよ。今はないけれど、当時の庭木でアオギリが西の塀近くにあって、
背中に金太郎を乗せたリスに似た動物はな、そのアオギリを登り始めた。姿が
見えなくなったと思ったら、パッと西へ向かって飛んだんだ。
金太郎を乗せて空飛ぶ絨毯のようにな」
「それってムササビだ!」
彦坊が感動して叫んだ。
「さすが彦坊。当時はこのあたりの家々にはみな庭木があった。
庭木の高いところへ登って飛べば遠くまで飛べる。木々を伝って畑へ出れば
屋敷森を持った農家がある。
そこのケヤキの大木の根元近くへ飛んで、梢近くから飛べばかなり遠くへ飛べる。
雑木林もあちこちにあったし、今と違うし、丘陵地帯へ辿りつけば
丹沢系の山脈につながるだろう。夜だけ飛んで時間はかかるけれど、
無事、足柄山へ着いただろ」
「星空を見ながら、満月に照らされて旅を続ける金太郎か。
うらやましいなあ」
「彦坊も願ってごらん。三二金太郎が遊びにきてくれるかもしれないよ」
「よし、願うぞ」
彦坊は呪文のようなものを唱えだした。
私は話し疲れて眠くなった。
木組みの椅子でまどろんでいると、彦坊が歓喜の声を上げた。
「きた、きたきた! ムササビじゃなくて
ドローンに乗ってやってきたぞ」
私はドローンから降り立った三二金太郎と再会したかったけれど、
彦坊だけの世界にしてあげよう、
とまどろみから本物の眠りに落ちた。