「サキさん、今夜の仕事にあんたは参加しないでいいですよ。もっと大きな仕事で報酬もいい奴をやってもらう」
レインボーは思わせぶりな言い方をした。
私はレインボーからは見えないけれど、
少し微笑んでみせた。
私とレインボーはテレグラムというアプリを使って、音声でコミュニケーションをとっていた。
私は闇サイトで1回50万円以上というアルバイトを見つけて応募した。
無論、闇サイトなのでまともな仕事ではないことは、重々承知の上だった。
レインボーと名乗る男から連絡があって、ヤバいことだよと念を押され、わかっていますと答えた。
すると、レインボーは車の免許証の画像を送信しろと要求し、同時に現在の住所、親の固定電話の番号か、携帯の番号を知らせろ、と言ってきた。
その通りにすると、免許証に添付されている写真は少し過去のものなので、
今現在の私の顔の画像を送れと催促がましく言ってきた。
それを送ると、2、 3日して連絡してきた。
「あんた、美人だね。いい人が入ってきた」
そのときはその一言も含めて、
二言三言のやりとりで終わった。
その翌々日に連絡があって、私の仕事の内容を教えてくれた。ある場所でサカサキと名乗る男から現ナマが入ったバックを受け取り、
そのバックを別のある場所で待つクボタという女性に渡すのが私の仕事だそうだ。その仕事の内容を2度繰り返してから、レインボーはこう言った。
「どうだ、これで50万なら文句はないだろう。いちばん楽な仕事を回してやったんだ」
「有り難うございます」
「今度、プライベートで会わないか。フレンチのうまい店を知ってるんだ」
私はちょっと渋って見せてから、
会うことに応じた。
それから、私はレインボーに次のように言った。
「私には別れてもしつこく付きまとってくる元カレがいるんですよ。借金を重ねてどうにもならなくなって、私に借金を申し込んできたんです。私はあなたのおかげで返せるあてのない借金をした女よ。冗談じゃないわ、と私は断り借金を返したいのならとても良いバイトがあるわ、と言ったんです」
「それで… 」
「冗談のつもりだったんですけど、応募したみたいですよ」
「えっ、何という人?」
「イトウカズマです」
「いるよ。明日の夜が仕事のグループに入っている。弱ったな」
その口ぶりの割には、
レインボーの声はなんだかうれしそうにも聞こえた。
そして、この日、また連絡してきて、
今夜の仕事には参加しなくていい、と告げたのだ。
「今夜はやらなくていいって、どういうことですか?」
「いくら元カレでもまずいんだよ。タタキをやるメンバーはみんな初対面同士ということが基本なんだよ。それで、あんたは本当にその元カレを遠ざけたいの?」
「ええ、もう嫌で嫌で交通事故でも起こして死んでくれればいいと思ってるんです」
「よし、わかった。あんたに悪いようにはしないよ」
そして、翌日、 4人の特殊強盗実行犯グループが強盗未遂で逮捕された。
テレグラムで強盗先と指定された家の近くで、押し入るタイミング待って車の中にいたところを、所轄署の捜査隊に急襲されたのだ。
その夜おそく、レインボーから連絡が入った。
「ニュースで見たかどうか知らないが、実行犯たち4人が逮捕されたよ。まだ氏名発表は2人だけだったが、逮捕されたのは実行犯全員だからイトウカズマも逮捕されている。これでよかったんだな?」
「気持ちが清々としたわ。有り難う」
レインボーは2日後のデートを申し込んできた。私はよほどの何かがなければ大丈夫、とやや微妙な感じで承諾した。
実行犯たち4人はまだ1度も仕事をしないうちに、私のために捨て駒にされたということになる。
そのデートの日、
私は午後6時にレインボーから指定された場所に立った。
表参道の交差点から50メートルほど原宿駅方面に寄ったところだった。
クリーム色のポルシェが止まった。
私は助手席側のドアへ回りながら、
時間稼ぎのためにわざと転んだ。
ほとんど同時に、
助手席側のドアが開けられた。
そのときには10人以上の私服刑事が飛び出して、ポルシェを取り囲んだ。
1人体格のいい刑事が助手席に乗り込んで、
「お前が指示役のレインボーだな!」
と、言いざま、その胸ぐらをつかんだ。
レインボーは立ち上がったばかりの私を見て、
「てめえ、ハメやがったな!」
と、無念そうに叫んだ。
そうよ、私は首都圏で頻発した特殊強盗事件捜査本部の囮をやった警視庁の女性刑事なの。
イトウカズマの素性は会ったことさえないし、何も知らされていなかったけれど、おそらく警察関係者だと思う。
指示役のレインボーがこうして捕まったことで、特殊強盗グループの上層部が明らかにされるだろう。
私は外へ引き出され手錠をはめられ、近くに駐車されているはずの警察車両に引き立てられていくレインボーの背中を見送った。
「お手柄でした」
この現場のリーダーで50歳近い警部に慰労の声をかけられたが、私はまだレインボーの後ろ姿を見送っていた。
レインボーは女心をくすぐるのがうまそうなイケメンだった。
でも、私が相手では文字通り相手が悪かった。