比率はともかく男女が混じった20人近くの食事会に参加したら、
喫煙可能な会場だったのに、約2時間もの間、1人も煙草を吸わなかった。
一瞬、僕は恐竜が気が遠くなるほどの期間、地球の主役だったのに、
急激にあっけなく滅んだことを想起して、
(急激に、あまりにも急激に、スモーカーは滅んでしまったのだ)
と、心細い思いに捉われたものだ。
それから希望者6人でカラオケに行った。
1人がテーブルに大ぶりの灰皿があるのを見て、
「ここならいいか」
と、呟くなり煙草を取り出した。
すると、我も我もの風情で5人が煙草を取り出した。
そうして感無量の面持ちでそれぞれが1本を口にくわえたものである。
無論、僕も5人のうちで気分屋スモーカーとして1,2本吸ったら、
帰りは誰かにあげるつもりで買ってきた煙草をバッグから取り出した。
スモーカーは滅んでいなかったのである。
和気あいあいと火をつけあって昔懐かしい光景の再現か、と思ったが、
それからが違った。
女性1人を含む5人のスモーカーは、
非スモーカーの1人の男性に、吸うことの許しを求め、
それぞれにペコペコ頭を下げたのである。
昔はこういう成り行きになるとスモーカーは大きな態度で煙を吐き、
非スモーカーは肩身を狭くしていた。
そのたった1人の非スモーカーは鷹揚にうなずいていたが、
その彼とごく親しいスモーカーが、
「でも、こいつ、以前はかなりのヘビースモーカーだったのよ。いっとき、
ベランダでホタルをやっていたけど、いつの間にかやめたんだよ」
と、嘆くように言った。
そうか、スモーカーはいったんホタルに変身して滅びに備えるのか、と僕は思い、
うまそうに吸っている4人を見渡しながら、この中で誰がいちばん先にホタルになるのか、
と一抹の寂しさに襲われた。
ところで、他の客にはスモーカーは1人2人しかいなかった。
非スモーカーたちは盛んに煙を噴き上げるこちらのテーブルに視線を投げてきた。
排除の視線であり、罪人視の、あの煙たげな表情で。
スモーカーが急速に姿を消していくのは健康志向が強くなったこともあるが、
この煙たげな表情に耐えられなくなったからだ、と僕は感じている。
そして、スモーカ-を見るこの煙たげな表情は年々増えている。
やがて、魔女狩りならぬ煙狩りにいつでも転じられる勢いを持っている。
ついには禁煙法が成立し、スモーカーは地下の秘密クラブでこっそり吸うことになるかもしれ
ない。
ところで、スモーカーが辿るかもしれない悲しい末路に重ねて、
僕が言いたいことは、世の煙たげな表情はスモーカーに対してよりも、
他の少数派、弱者により向けられているのではないか、ということである。
少数派、弱者を排除し切り捨てる強権的な風潮が見えない煙となって蔓延し、
世の中を息苦しくしている。
それが僕の僻目でないことを祈りながら、僕はAKBの「心のプラカード」を朗々と歌った。
その僕を多くの客が煙たげに見ている。
5歳のときから耳を悪くして音痴にならざるを得なかった僕の歌は、
その人たちにはただの騒音でしかなかったのだろう。
(完)