ちよちゃんの長男家族三人(長男、長男の嫁、ちよちゃん孫)は、土日に旅行へ行く予定だった。

ちよちゃんの内孫は、母親であるちよちゃん長男の嫁を巻き込んでK-POPの押し活を勤しんで居る。

プラチナチケットを手に入れてライヴ参戦をずっとずっと楽しみにして居た。そのライヴ付添人として同行予定だったちよちゃん長男。勿論、ライヴ参戦までは付き合わないが、ホテルで留守番、翌日三人で近隣の観光をして帰宅する予定を立てて居た。


東寺五重の塔の特別公開の最終日だった。

長男夫婦は、東寺の立体曼陀羅を何度も観て居て、どうしても娘であるちよちゃん内孫にも観せたかった。長男は数度五重の塔の中を拝観した事があったが、嫁娘にどうしても観せたいとずっと思って居た。

ライヴの翌日が特別公開の最終日と重なって居た事に、三人は歓喜した。そして、この旅行を三人はとても楽しみにして居たのだ。


ちよちゃんが死んだ。

通夜が金曜日。

告別式が土曜日。


予定は、土壇場キャンセル。


ちよちゃんは生前。

機嫌が悪いや具合が悪いやのアピールをして、ちよちゃん長男家族が、ちよちゃん抜きに楽しむ事を悉く邪魔をして潰して来た人だった。


演劇オタの長男嫁と内孫は、観劇チケットをどれだけ当日にちよちゃんに邪魔をされて無駄にした事だろう。

ホームチームのソフトバンクホークスファンのちよちゃん長男夫婦。人から譲って貰った観戦チケット、プレゼント企画で手に入れた観戦チケット、新聞屋の持って居る特別枠で手に入れた観戦チケット。すべて、ちよちゃんに邪魔をされて無駄になった。


最期の最期まで、貴女は私達家族の楽しみを邪魔するのね。このタイミングで逝ってしまうなんて…。と、長男の嫁。


がっかりして落ち込むかと思われた内孫は、むしろ笑ってしまった。

嗚呼、ばあちゃんは最期までこんな風に邪魔して逝くんだぁ。ばあちゃんらしくって、むしろ笑ってしまうよ、と。あんた達だけで楽しむのは絶対に許さあん!ってか?最期の足掻きがこれって、ホント笑っちまう。配信を買うから。おかん、一緒に配信視て盛り上がろうよ。そして、これでばあちゃんとの繋がりも終わりしよう。


ちよちゃんの死に気持ち鬱ぐ長男嫁の頬を手で挟んで、おかん?なんで落ち込んどるん?落ち込む事なんて、なんも無いんよ。むしろ、やっとやっと自由になれるんよ!と、ちよちゃんの内孫。

だって、だって、解っとるんやけど、どうしても気持ちが鬱ぐんよ…と、長男嫁は泣いた。


さて。

全く、繋がりを絶って居るちよちゃん次男にちよちゃんの訃報を知らさねばならない。

元々使って居た携帯ナンバーは、解約した様子である。

仕方なく長男家族と繋がりを絶つ状態になって居たちよちゃん外孫(ちよちゃん次男の長女)に連絡。父母妹と仲違いして居る娘ではあるが、次男の連絡先をたずねてみた。結局、2年前には連絡が取れた携帯番号はこちらが知って居るものと同じだった。


そこで、本人が経営して居ると思われる飲食店のホームページの固定電話へアクセスした。

なんとかコンタクトを取れたちよちゃんの長男次男。しかし、次男の返事は、急に言われても店の経営もあるし通夜葬儀に簡単に行ける訳がないだろう。そっちで勝手にやってくれ。と、言うものだった。

ホームページで当日まで店を休んで居た事の確認は取れて居る。その理由は、ちよちゃん次男嫁の実父の一周忌。

嫁実父の一周忌で店を休めても、実母の通夜葬儀で店を休む事が出来ない。それが、ちよちゃん次男の応えだった。


今年二月。

ちよちゃんの甥嫁が亡くなった。

その時に、甥実母であるちよちゃんの実姉も、甥の実姉二人当人どころかその家族も通夜にも葬儀にも出席して居なかった。それに、唖然とした長男家族だった。

しかし、それ以上の事が起きた。

仮にも血の繋がりだけで考えれば、甥嫁の件より当然強い。息子嫁、弟嫁との血の繋がりは無いのだから。

しかも。ちよちゃんの次男への執着にも近い愛情は、長男夫婦を悩ませるにも余りあるものだったからだ。


長男夫婦の元を飛び出て転がり込んだ次男夫婦の元。最期まで面倒を見る気で長男と喧嘩しながらも、ちよちゃんの住民票まで移動させた次男。それが、住民票移動わずか三日後に帰る!と、長男夫婦の元に戻ってしまった。それが、ちよちゃん次男のプライドやちよちゃんへの愛情を粉々に砕いてしまったと言う事だろう。


それでも相続の問題があるだろう。日を改めてこちらへ来る事は出来んのか?と、長男は次男へたずねた。

兄ちゃんの好きな様に勝手にやってくれ。と、次男。

それは、放棄って事でいいんだな?と、長男は念押しした。

携帯電話を夫婦共々手放したと、店の固定電話だけで事足りると、次男。次男夫婦は、自分達の子供達とも、ちよちゃんとも、そして長男夫婦とも、その背後のもろもろすべてと縁を切りたいと思って居るらしかった。


通夜にも葬儀にも出ん、好きにやれって事なら、俺も腹括る。一円もやらん。財産は放棄させる。と、ちよちゃん長男。


次に頭が痛いのはちよちゃんの実姉への連絡。

ちよちゃんより五つ上なので、97歳の高齢である。

取り敢えず、隣組内のちよちゃん甥の家に向かってちよちゃんの亡くなった事を知らせた。

ちよちゃんの実姉は今何処に住んで居るのか。実姉の甥と暮らして居ない事は確実である。詮索する様で気が引けて、長男夫婦はちよちゃんの甥に詳しくたずねて居ない。おおよその見当はついては居たが。


見当のとおりにちよちゃんの甥は、本人(ちよちゃん実姉)が通夜葬儀に行けるかどうかは、甥の次姉にたずねてくれとこたえた。


嫁の時(葬儀、初盆など)に世話になったので、俺葬儀には行きたい的ではあっても少し逡巡を見せた甥。

それを、長男が止めた。

ちよちゃんの実姉に連絡を取って、通夜でも葬儀でも出るとなれば、その付添人として甥の次姉も来るだろう。

甥は、甥の実母や次姉と顔を会わせたく無い筈だ。


あ、やっぱり判る?と、甥。

言わんでも良い。察するに余りある。と、長男。


ちよちゃん甥は、結局、こっそりと通夜の前に斎場来てちよちゃんとのお別れをした。

その時に、甥の伴侶の癌闘病時や亡くなった前後の親族(ちよちゃん実姉とその娘達)の凄まじい言動を、ちよちゃん長男家族は知る事になった。

この話はまた、別の章に認める事にする。


ちよちゃんの姪(甥の次姉)に連絡を取れば、ちよちゃん実姉はちよちゃんと同じ様に施設に入って居て、動ける状態ではないらしい。私だけでも行こうか?的な発言をしたちよちゃんの姪に、長男は丁重にお断りした。

私だけでも、ではなくて。仮にも自分の叔母だ。動けない母親であるちよちゃん実姉の代わりに参列させて貰う…とこたえるのが筋だ。彼女も、自分の実弟夫婦、そして叔母(ちよちゃん)家族、その背後のもろもろと縁を切りたいと言う事なのだろう。


ちよちゃん外孫は、両親(ちよちゃん次男夫婦)と仲違いして疎遠になって居る。そして、ここしばらくはちよちゃん長男家族とも疎遠になって居た。

ちよちゃんの初孫でもあったし、両親と仲違いした後は結婚祝いや出産祝いなど、親代わりとしてちよちゃんやちよちゃん長男夫婦が動いた経緯もあり、連絡を入れたちよちゃん外孫は絶対に葬儀に参列すると言った。


葬儀参列者は喪主である長男、その嫁、そして長男夫婦の一人娘(ちよちゃん内孫)、ちよちゃん次男の長女(ちよちゃん外孫)四人だけとなった。

家族葬だけを行う小さな斎場の会員になって居たお陰で、長男家族は静かな野辺送りが出来た。

古民家風な建物で、祭壇のある部屋の隣室の和室には通夜に家族が宿泊出来る設備が整って居る。故人と最後の旅行…がコンセプトである。


納棺時に、長男の嫁は薄毛を気にして居たちよちゃんの為にウィッグを用意した。

それに加えて長男嫁は、ちよちゃんの父親が結婚時に持たせたと言う大島の長着と、それに合わせて持たせた帯を死出の旅路の衣装として選んだ。さんざん、自慢をして居た大島と名古屋帯だった。ちよちゃんが結婚して直ぐの頃の貧乏生活を支えてくれた質草だったと、よく長男嫁に自慢して居た。父さん(ちよちゃんの父親)が良い物を持たせてくれたから、なんとか食い繋いだんよ。子供(長男次男)が病気する度に治療費で暮らしが苦しくなって、その度に次の給料日までのお金をこの質草で借りて居たんよ。

嫁には、ちよちゃんの勝負日に着て居た記憶もあった。

ばあちゃん(ちよちゃん)が旅立つのに、最も相応しいと嫁は思ったのだ。


お前(長男嫁)は優しいね。と、ちよちゃん長男。

あんなに依存されて、あんなにひどい目にあって、一番悲しんどるんは、お前やな。血の繋がりあっても俺(長男)や娘(ちよちゃん孫)は、涙も出らん。と、呟いた。

勤めや勉学で外に出る長男や孫よりも、ちよちゃんと過ごした時間は嫁が最も密接で長かったのは事実だ。


納棺の儀が終わったちよちゃんは、斎場の職員も驚く程に綺麗になった。まぁ、可愛い!とても、92歳に見えない。若いわぁ!と、歓声まで上がった。


挿管も無し、点滴もほとんど無し。

枯れる様な自然死だった。

周りを不幸にして、己の言動で周りの人間の縁を断絶させて来たエネルギーバンパイアだったちよちゃん。

そのちよちゃんのあまりに静かで穏やかな死に、ちよちゃん長男家族は釈然としないものがある。

苦しまねば、簡単に死ねん…って、思いよったのに。と、長男はぼやいて居た。