加賀海 士郎

『体内は最前線~我が防衛軍は勝利するや?』

 年の瀬も押し詰まった25日、X’masは家でゆっくりしたいところだが、まだ年賀状は予定の三分の一も書き終えていないというのに、夕方から寒気がしてきて、食欲が出ないどころか吐き気を催し、体温は36度7分ほどだが背筋を寒気が走る。

 

 不吉な予感がしたが、大した熱でもないし今夜は晩酌をやめて、大丈夫だと家人を説き伏せるようにして早めに布団に潜った。行火をして貰ったがどうにも温まらない、相変わらず寒気がするので今一度、熱を測ったら37度5分を超えている。拙いなと思ってみても今更どうにもならないので、まずはトイレへ行くことにした。

 

 もともとトイレは近い方だが、一年以上前に前立腺がんを放射線治療して以来、余計に頻尿気味になっていたので、夜間のトイレは織り込み済だが寒気が引かないのは困ったものだ。10月中頃にインフルエンザの予防接種を受けて2週間ほど間をおいて、新型コロナの7回目のワクチンもいつものように前向きに受け容れ万全を期していたのだが、果て…どこで油断したかな?思い出せない。

 ただの風邪かもしれんからと思いつも余りに寒気が引かないので度々検温すると…いつの間にか、38度3分になっていた・・・。明日は早めに発熱外来の世話になるか…と覚悟を決めて眠ることにした。

 若い頃に副鼻腔炎を患って、40歳の頃、いわゆる蓄膿の大手術をしたものの、毎年のように風邪をこじらせて、気管支炎だの気管支拡張症だの肺気腫だのと一体、本当は何なんだ教えて欲しいといっても医者さえが困った顔をする得体のしれない病と付き合って来たから、風邪には殊更、注意してきたつもりで慣れっこになっているのだが困ったものだ。

 あれから40年近く経っているが、当時の医者の一人が「あんたは60歳ぐらいには酸素瓶の世話になって障碍者手帳の世話になるとご親切(?)に予言してくれたものだ。

 そんな脆弱な無頼の剣豪平手造酒のような厄介な体を抱えてよくぞここまで生きたものだ。実は60歳過ぎで肺結核ではなく胃潰瘍を患い、それが悪化して胃がんを患い、胃を三分のニ切除しているのだ。かれこれ20年近く前の話だが、当時は胃に大きなおできが出来たので思い切って切除したのだ。他に転移していないから少し大きめにバッサリやった方が確実だという時代だったのかもしれない。

 一時は家族大集合で、もうお仕舞かもしれんと大いに心配してくれたらしいが、あの時は全身麻酔で当の本人は眠ったままの手術だから一向に気にならなかった。実際、6時間ほどかかったと思うが、本人からすれば20年前の蓄膿の手術の方が遥かに大手術で、二度とやりたくない手術だった。今思い返しても、胃がんの摘出手術よりはその後の抗がん剤治療の方が遥かに堪えたのだ。

 一年間近く通院しながら、抗がん剤の投薬を受けるのだが、食欲不振に陥るは、下痢はするは、肌の色や毛髪にも副作用が見られたのかな?とにかく厄介な闘病生活だった。それでも「死」なんて他人事に思えたし、何よりも、お陰で肥満が(73㎏⇒63㎏に)解消され、高尿酸値症が改善され痛風の心配もしなくなったのだから万々歳だった。

 きっと体中をきれいさっぱり洗い直して免疫力が充満したように、それまで季節の変わり目には間違いなく風邪に悩まされていたのが改善されたのだから抗がん剤治療も悪くないと喜んだものだ。

 そう言えば、60歳過ぎたら酸素瓶の世話になるとの予言はどうなったんだ?もう直ぐ傘寿になろうとしているが、・・・確かに気管支はいまいちで肺機能は好いとは言えないが、自前の脚で山登りは無理にしても散策ぐらいは自由にできるのだ。万事塞翁が馬とはよく言ったものだ。事ほど左様に人生何が幸いするか分からない。

 話が些か横道にそれたが、そんな訳でクリスマスだというのに筆者の体内はウィルス戦線の最前線、健康維持軍と流行性感冒軍が激しい戦闘を繰り広げていたのだ。流行性感冒軍は大量のウィルスミサイルで襲い掛かり、健康維持軍はワクチンバリヤを張り巡らして頑強に抵抗したが悪寒と鼻水の洪水に喘ぎ何とか38度3分の発熱で凌ぎそれ以上の高熱になる事はなかったのだ。

 次の朝、行きつけの病院へ電話して発熱外来の受診の予約を依頼したところ「予約はできません、来院された順番に別室へ案内し対応します」と告げられ、待機時間を活用すべく読みかけの『人はどう老いるのか~楽な老い方、苦しむ老い方』(久坂部 羊:講談社現代新書)を持って出かけた。受付では問診票を記入し、検温の上、奥まった別室と言っても、廊下を簡単な間仕切りで隔離した一角に数人が待機している場所へ案内された。

 そこでは患者の振り分けを行うのか?待機中に抗原検査をするだけで、医者の問診や胸を開いて聴診器を当てるなどは一切せずひたすら待機・・・それでも午前中いっぱいかかって、医師かスタッフか?男性が検査結果を個別に告知しに来た、待機中のほぼ全員が何らかのウイルス感染を告げられ、後は代金と引き換えに処方箋を受け取り解放されることとなった。

 

 筆者は新型コロナは陰性でインフルエンザは陽性と診断されたが想定内のことで驚きはなかった。

 インフルエンザは予防接種していたお陰で軽症で済んでいるのだろう、それにしても鼻水の多いのには閉口させられるが喉の痛みや食欲不振はほとんどないので良しとすべきだろう。ただ、やることが一杯溜まって年賀状さえまだ終わっていないことが何よりの気がかりだったし、この学水舎の代表語録は大晦日の除夜の鐘を合図に発信しなければと思い焦っていた。どうせ家へ帰れば家内から大掃除や断捨離の声に追われるのだ・・・

 

その後、気がかりな年賀状は何とか形を付けたが、例年ならほぼ目ぼしい相手には元日配達に間に合わせられたのに、今回は最初の1/3くらい以外は到着が三が日以降になるので「あれ?あいつに何か異変があったのかな?」 と不審がられるに違いない。だからこそ、この代表語録で状況報告が必要なのだ。 ・・・目下、読書中の「人はどう老いるのか」によれば、年齢相応の認知機能の衰えを受け容れれば恐れることはないようだから、まあ、成るようになるのだ・・・

 

 さて、今年の代表語録を認める前に一年前の記事を読み返してみた。 そこには『徒然なるままに~なぜ戦火は収まらないのか?』とのテーマで戦争をやめさせる方法を「火事の三要素」を引き合いにして、あれこれ論じていた。

 

>戦争の原因はそれほど単純ではなさそうです。 前述の三要素はそれぞれが独立して存在している>訳ではなく複雑な絡み合いがあ>るからです。

> 例えば、領土や資源 は「富」に直結します。 それは貧困や経済格差をもたらします。 目の前の>争奪の対象を友好的な話し合>いによって分け合ったとしても、力による現状変更を防いだとして>も、既に在る先進国と後発国の経済格差は容易には埋められないだろうし、貧困や教育格差が解消>されない限り結局は「富」の再配分のような形で公平性が保たれないので争いの火種は残るだろう。

> 長い長い歴史の中で既に行われた収奪が或いは政治的な思惑の偏向教育やヘイトスピーチ若しく.

>はマインドコントロールが生み育てた狂信的な愛国心や聖戦思想などは一朝一夕には拭い去ること>が困難だろう。 宗教的な教えや戒律も加担するかもしれませ>ん。

> 恩讐を超えて友好関係を維持することは長い時間をかけて徐々に解決に向かうかもしれません。 >逆に言えば、一代限りの人生では解決できないかもしれないがきっと時間を掛ければ解り合えるは>ずだとの希望が持てるだろう。

 

 あれから早や一年が過ぎたが、残念ながら戦争は終結せず、新たにパレスチナの戦火が加わり広がった、・・・ウクライナにしても今朝の新聞ではロシアがウクライナ全土に総攻撃を仕掛けたと報じている。 狡猾なプーチンのことだ、欧米の支援疲れを見透かすように、ウクライナの民間施設も無差別に攻撃し恐怖心と厭戦気分を煽ってウクライナの継戦能力を削ごうとしているのだろう。 ストーブに入れる薪がなければ温まれないのだ、しかし、一方ではスウェーデンのNATO加盟の動き、バルト海の潜水艦隊の動きやバイデン大統領のウクライナ支援継続を呼びかける演説などの報道もある・・・。

 世の中は一筋縄ではいかないのだ、・・・そう言えば、トルストイがあの大作『戦争と平和』の中で言っていた、物事は一人の傑物や将軍の作戦などで勝敗の帰趨が決するのではない、そんなもので大きな軍隊が一斉に動く訳がない、結局は現場にいた生身の人間ひとり一人の考えや想いの総和が結集して世の中が回るのだ、歴史家は後に色々理屈をつけて説明するが、必ずしも当たっていないという考え方、それがある意味、的を射ているのではないか?

 

 目下のウクライナ情勢も予断を許さないが、恐らく、大義がどちらの側にあるかなどという理屈ではなく、宇宙の摂理、即ち、そこにいる人間が何を想いどう行動するか、その個々のベクトルの総和が神の思し召しの様に結果を形作っていくのではないだろうか?

        

【お詫び】目下、筆者はみずからの住まい(学水舎というこれまでのアカウントに戻れず、仮の住まいでこの記事を書いています。 その為、これまでに記事の修正などがままなりません。 過去の記事にアクセスすることは以下のURLから可能ですが、2023年1月号を2024年に修正することが叶いません。 過去記事には以下のページの「記事一覧」をクリックして辿ることは可能です。

情けない話ですが、認知症の老人が徘徊して自宅に戻れないような状況ですので悪しからずご容赦ください。    (完)