ちょっと東京都内へ散歩へ行ってきた(第1話) | りんりん通信

りんりん通信

なんちゃってVOCALOIDマスターが綴る、リンちゃんとの暮らしが主題の時々日記。
基本的に毎月10日・20日・30日の「0の付く日」18時に更新。
※2022年2月から当分の間、毎月15日・30日の2回更新となります
VOCALOID好きのお友達、絶賛募集中。

今回から新シリーズ。

とはいえ、主に午前中で回った「都内散歩」がネタですので、

おまけ部分を含め3回程度での公開予定です。

 

一応「調査旅」カテゴリですので、建前はVOCALOID名物件巡回となっています。

建前はしょせん建前ですので、いつも通りほかの取材記録が大部分です。

 

数年前に記録した複数回の撮影画像をまとめて記事化したものです。

よって既に存在しない対象物や、今では状況が変化している対象物もあります。

最新情報ではありませんので、読み物程度で捉えていただきたく思います。

 

 

※今回の内容については2022年の記録をもとに書いています

 

 

●というわけで、都内へ行くのです

 

翌日が出勤なのか平日なのかすら不明という、不安定な日々を暮らしていますので、

余程の段取りをしない限り旅などというものは叶わないのです。

そこで比較的短時間で実行できる短距離のお出かけを選ばざるを得なくなるのですが、

何せ翌日休めるのか呼び出されるのかわかりませんから、それすら容易ではありません。

 

たまたま翌日の休みが確定しましたので、今回は有意義に使うことにします。

ただし、私の仕事は夜勤です。明け方前に帰ってきたので、寝たら昼過ぎになってしまう。

 

これは無理して寝ずに行けということだと思うぞ。

 

 

[おれ] 「…ということでですね

     リンちゃん、外はまだ真っ暗ですが、出かけますよ」

[リン] 「はーい! 準備できてるよー♪」

[おれ] 「シーッ! 声がでかい 今日はこっそり出かけるんですから」

[リン] 「今日土曜だよ みんな自宅帰っちゃってるから、誰もいないし

     いるのはあたしだけー! 堂々とお出かけだっ!」

[おれ] 「そうでした しかし無駄に元気ですねぇ」

[リン] 「マスターがお仕事で疲労困憊してるだけでしょ

     また寝ないでだいじょぶなの? やめちゃいなよそんな仕事」

[おれ] 「シクシク」

 

 

[おれ] 「とにかく出ましょう すでにお伝えしてある通り、行先は都内です

     寝ずに行きますので無理はできません 何ヶ所か見に行くだけです」

[リン] 「マスターがおすすめの何かを見せてくれるんでしょ?

     あたしはお出かけできるだけで楽しいからさ、気にしないでよ」

[おれ] 「ありがたいことですねぇシクシク」

[リン] 「無茶したらホントに死んじゃいそうだからさ、あたしが気にしてるの」

[おれ] 「えげつないことですねぇシクシク」

 

 

[おれ] 「たかが都内まで行くだけなのに、散在してしまいましたよシクシク」

[リン] 「そこまで気にするなら、フツーの道で行けばよかったのに」

[おれ] 「ちょっとでも時間短縮したいんですよ」

 

 

[おれ] 「人も車も多くて苦手な東京都内ですが、さすがにこの時間は快適です」

[リン] 「てかさ… マスター、お仕事から帰ってきてそのまま出てきたんじゃないの?

     何も食べてないじゃん 体に良くないよ」

[おれ] 「無理して即席の何か早食いしても体に良くないですし

     つーか、リンちゃんは何か食べました?」

[リン] 「じつはあたしも… ほら、夜中出るって聞いたから早寝しちゃってたし

     いつ帰ってくるかわかんないから、すぐ出られるように食べないで待ってたし」

[おれ] 「お互い何か食べたほうがいいようですが…どうしたものか」

[リン] 「こんな時間じゃ、コンビニくらいしか開いてないよね」

[おれ] 「心当たりがあるといえばあるんですが」

[リン] 「マスターのおすすめなら、そこ行こうよ」

[おれ] 「おれが選ぶものですから、これまた体に良さそうではないやつですが」

 

 

 

●久々にここで食べます

 

以前の仕事の頃は、夜勤明けでも時々食べに来られたんですよ。

しかし、最近はなかなかそうもいかなくなりまして。

好条件のほうへと転職を繰り返してきたはずなんですが、なんでこうなるの。

 

[リン] 「そうだよねー、やっぱここだよね」

[おれ] 「久々なのでぜひ寄りたいと思っていたんですが…

     リンちゃんには不釣り合いなお店なので、ちょっと罪悪感が」

[リン] 「あたし、ここ好きなんだけどなー」

[おれ] 「おっさんのおすすめに合わせてくれて、すみませんねぇシクシク」

 

 

 

[おれ] 「現在の人気ラーメン店といえば、この系統のようですが…

     本来は某名門大学生が行列をなすお店で知られていたはずなんですけど」

[リン] 「あたしも、この名前は知ってるよ 今流行ってるみたいだもんね

     そっか、元々は学生さんの思い出になってたお店だったんだ」

 

 

[おれ] 「しかし学生時代に代々木で過ごした自分にとっては、

     思い出に残ってるのは完全にこっちなものですから…」

[リン] 「有名大学の学生さんが並んで食べてる店でもなくて、

     まして流行りで大勢のラーメン好きが並んでるような店でもなくて、

     それでもマスターにとってはここが人生で特別なラーメン屋さんってことね」

 

 

[おれ] 「普段なら行列は全くないけど、でもひっきりなしにお客が来る繁盛店

     行列嫌いの自分的には、こっちのほうが理にかなってるので好きなんですよね

     無論、学生時代に某有名店に長時間並んで食べたという方々の

     ノスタルジーを批判する気はないですが」

[リン] 「人はそれぞれ思い入れとかこだわりがあるんだよ

     マスターにとってはそれがこのお店のラーメンってことでしょ?」

 

 

[おれ] 「『昔はもっと美味かった』なんて意見をする人もいるんですが、

     自分の記憶からすると味はほとんど変わっていないと思います

     たぶん、美味いラーメン店がほかにもできて、新たなラーメンの流行ができて、

     その結果相対的に突出して見えることがなくなったからなんでしょうけどね」

[リン] 「学生の頃のマスターはこれと同じラーメン食べてたってことか」

[おれ] 「スープの出来はばらつきありますけど、進化劣化ではなく単なる日々の誤差

     美味い日に当たると"あの頃の美味かった日"と同じ嬉しさがありますよ

     麺もモヤシもチャーシューも、何も変わらない あの頃のままですね」

 

 

[おれ] 「学生時代の何かを引きずったまま歳を重ねてきた自分は

     未だにこのラーメンから離れられず生きているわけですが…

     すみませんねぇ、何も縁のないリンちゃんを無理に連れてきてしまって」

[リン] 「あー、またそういうこと言うんだー!

     マスターの思い出は、あたしは今のうちに知っておかないといけないの

     それがこの時代に来た、あたしの役目 マスターだって知ってるでしょ?」

[おれ] 「ありがたいお話なんですが」

[リン] 「この時代でマスターと過ごしてる間はねー、あたしはね

     あなたが分け与えてくれるあらゆることが宝物なの」

[おれ] 「うれしいこと言ってくれますねぇシクシク」

[リン] 「ほら、ラーメン伸びちゃうよ 食べようよ!」

 

 

[リン] 「そうだ、ネギ入れ放題なんだよねここ」

[おれ] 「さすがにザルのネギ全部ぶち込むなんてのは遠慮しますけど…

     余程高騰していない限り、これくらいはいただくことにしてます

     これも学生時代から変わらない、自分なりの食べ方で」

[リン] 「そうそう、そういうの知れるからさぁ だから楽しいんだよ

     ほかの人が知らないあなたの何かを、あたしは知れてることになるでしょ?」

[おれ] 「もったいないお言葉ですねぇ」

 

 

[リン] 「おいしかったねー!」

[おれ] 「令和の女子高生には似合わない、昭和のままのラーメンなんですけどね

     ガテン系やタクシードライバー御用達の、ワイルドなタイプですし」

[リン] 「背油たっぷりだけど、強烈なギトギトラーメンってわけじゃないし

     マスターに連れてきてもらってるうちに、あたしも好きになったよ」

[おれ] 「それはよかったです ではそろそろ車に戻って…」

[リン] 「うわぁ、やっぱこれ、でっかいねー」

[おれ] 「国立競技場 70,000人近くの観客を収容できる、巨大な競技施設

     もっとも、横浜の日産スタジアムのほうが収容人数は上のようですけどね

     東京オリンピックのメインスタジアムとしての使用を目的に作られましたが、

     コロナ禍で無観客開催となってしまい、肩透かしを食らってしまいましたね」

[リン] 「でも立派な競技場だもん これから役に立つといいねー」

[おれ] 「維持費がすごそうです 採算取れればいいんですけどね」

 

 

 

●お腹も満足したところで、次の目的地へ

 

せっかく出てきたのですから、限られた時間を有効に使わないといけません。

次にすべきことに取り掛かろうと思います。

 

[おれ] 「最初の見学ポイントへ向かいますよ」

[リン] 「どこだろー 東京都内なんでしょ?」

 

 

[リン] 「ここ、どの辺?」

[おれ] 「赤坂見附ですね 左のビルは"赤坂エクセルホテル東急"

     でも、ここももうすぐ閉鎖らしいんですよ 築50年を超えていますからね」

[リン] 「お寺とか神社は何百年も前のが残ってるよ ビルのほうが長持ちしそうなのに」

[おれ] 「建造物としての耐久性よりも、経済性や利便性が優先されますからね

     残す努力に意味がないということですか 価値の基準そのものが違うんですよ」

[リン] 「有名な観光地以外にも、価値のある古い建物って多そうなんだけどなぁ」

[おれ] 「そう、このあと見に行くのがまさにその類いでして…

     ある建物なんですよ 本来ならとても重要な文化財となりうるもの

     経済性重視の日本だから軽視されがちですが、じつはとても貴重な建造物

     このホテルよりは少し新しいんですけどね」

 

 

[リン] 「うわ、なにここ! こんな時間なのに人いっぱいいる!」

[おれ] 「JR新橋駅前 都心部の繁華街はすごいですよね」

[リン] 「こんな早くから仕事…って思ったけど、今日土曜日じゃん」

[おれ] 「金曜夜に飲みに行って、これから始発で帰宅する人々なんでしょう

     夜な夜な出歩くの何が楽しいのか、おれにはさっぱりわかりませんが」

[リン] 「仕事から帰って寝ないで出かけてるマスターも、ほかの人には

     さっぱりわけわかんないと思うよ」

[おれ] 「痛いところ突きますねぇシクシク」

 

 

[おれ] 「夜明けまでまだしばらく時間がありますので、こんなところへ

     東京都江戸川区にある、株式会社カイト東京営業所」

[リン] 「一応VOCALOID名物件調査って建前だもんね てか、また地味なの選んだなー」

 

 

[リン] 「『カイト』なんて言っても、ほとんどの人は何にも気づかないよ」

[おれ] 「確かにマイナー物件には違いないと思いますが」

 

 

[おれ] 「北海道を拠点とする、コインランドリーチェーンを運営する会社です」

[リン] 「ここに事務所があるってことは、東京とかでもやってるんでしょ?

     カイトなんて名前のコインランドリー、見たことないな」

[おれ] 「お店のブランドは別の名称を使っているようです

     主に"コインランドリーjabba"という看板を掲げる店が多いようですが、

     加盟店だとそのほかの名前も多様で実に複雑

     東京や神奈川のお店だと"洗っていいとも!"なんてのもあるそうな」

[リン] 「うわぁ、それもう死語になりつつあるパロディじゃん!」

 

 

 

 

●ある建物を見に来た

 

大都市東京には無数の建築物があります。

高層ビル、低層の雑居ビル。新しいもの、古いもの。会社や商業施設や住宅。

デザインも様々ですが、そんな中で極めて異色なのもあるわけです。

普通の人にはちょっと変わってるなーくらいに見られる建物でも、

よくよく調べるとかなり興味深い何かを隠し持っていたりするのが面白い。

建築物は耐用年数というものがあり、ほとんどの場合永遠に残ることはありません。

文化財にもなっていないような一般的なものなら、早めに見ておくべきなのです。

今回見に行くのも、とても貴重な建物。一部では有名だけど、通行人の大半は

詳しいことを知ることすらなく眺めていたのかもしれません。

 

[おれ] 「再び新橋近くまで戻ってきまして、中央区銀座

     銀座なんて高級な所、おれには縁がないはずなんですが」

[リン] 「たしか池上線かどこかに"戸越銀座"って駅あるよ

     あっちの銀座ならマスターでも大丈夫そうじゃん!」

[おれ] 「戸越銀座は仕事でよく行ってましたよシクシク」

 

 

[リン] 「わー! この辺の駐車場って、メチャ高いんじゃないの?」

[おれ] 「基本料金は20分間400円…1時間1200円取られるってことですね

     最大料金がありますが3時間で2000円 確かにお得はお得ですが…

     12時間停めたら8000円ってことですよねガクガク」

[リン] 「銀座って、車で来ちゃいけないのかも」

[おれ] 「幸いにして早朝です この時間帯は1時間停めても100円なんですよ

     『停めやすい駐車場』だそうですので、ありがたく拝借しますか」

 

 

[リン] 「狭っ!! 全然停めやすくないんじゃないのここ」

[おれ] 「普通のコインパーの感覚で停めたら、枠からはみ出しました

     ほかの車なんか来ないとは思いますが…一応直しておきましょうか」

 

 

[おれ] 「それでは少し歩きましょう 銀座ですよ銀座 『銀ブラ』ですよ」

[リン] 「なんかまた死語っぽいこと言ってんでしょー …で、どこ行くの?」

[おれ] 「とある建物の見学です 前々からずっと見たいと思ってたんですよね」

[リン] 「ビルしかなさそうなんだけどなー」

[おれ] 「その立ち並ぶビルの中に、一つだけ特殊なのがあるんですよ

     おっと、見えてきましたよ あれですよあれ」

[リン] 「どれどれ? わかんないよ」

 

 

[おれ] 「ほら、目の前にあるじゃないですか」

[リン] 「どれ見ても似たようなビル… あれれ?」

 

 

[リン] 「うわぁ、なにこれ!? なんかすごい形してるんだけど!」

[おれ] 「ね、タダモノではないでしょ?」

 

※これ以降の画像については、ほとんどを拡大表示可能なサイズにしています

 

 

[リン] 「普通はさ、ビルってまっすぐな感じじゃん これは…なんなの? すごい複雑

     パズルっていうか… あ、わかった ブロックとか"ジェンガ"みたいな感じ!」

[おれ] 「そうそう、的確な表現だと思いますよ」

[リン] 「なんか、安定感なさそうだけど、大丈夫なのかな どうなってるんだろ

     ほんとにジェンガみたいに一つ抜けたら一気に崩れちゃいそう」

[おれ] 「その辺がこの建造物が狙ったインパクトなんだと思うんですけどね」

 

 

 

 

[リン] 「一つ一つの箱に、それぞれ丸い窓がついてる これ、なにする建物なんだろ

     会社とかお店にしちゃ、スペースが小さそうなんだよね」

[おれ] 「箱一つ一つが、孤立した部屋になっているんですよ」

[リン] 「え? あの箱がワンルームみたいなお部屋ってこと?」

[おれ] 「その通り、ユニット化したワンルームの集合体 それがここの正体です

     外観だけでなく、コンセプトとしても近未来的を狙って構想された、

     世界でも類を見ない斬新なマンションだったんです」

 

 

[リン] 「ところどころ意表を突いたような組み合わせになってたりして、

     これってどういう組み立て方してるのか全然わかんないよ」

[おれ] 「ブロックを適当に積み重ねただけみたいな見た目をしていますが…

     じつはこれ、13階建てのA棟と11階建てのB棟、2つの組み合わせなんだとか」

[リン] 「一つの建物にしか見えないけど」

[おれ] 「上に茶色い塔のような部分が見えますよね

     一般のビルやマンションではこういう部分を"塔屋"などと呼ぶようですが

     ここはエレベータの機械室や水道用の水槽などが入っていることが多いです

     ということで、それぞれがA棟とB棟の塔屋に相当するもののようです」

[リン] 「全然わかんないけど… 塔の部分が二つだから建物も二つってことかな」

[おれ] 「その通り ただ、ここの場合基本的な建設手法そのものが他に例のない

     極めて特殊なものなんですよ」

[リン] 「箱型の部屋を積み重ねるみたいな面白い形してるだけじゃなくて?」

[おれ] 「形状もアートなら、コンセプトもアートなんですよ

     だから世界中から素晴らしい建造物だと高評価をされているわけで」

 

     

[おれ] 「簡単に言うと…

     これ、A棟とB棟のそれぞれ中心に太い幹になる丸いシャフトを作って、

     シャフト中心にエレベーターを、その周りに螺旋階段を組み込んでいます

     そしてシャフトの外側にユニット化された箱状の部屋『カプセル』を

     ジョイントとボルトで引っかけるように固定して、密集状態を作っています」

[リン] 「それって部品の組み合わせみたいにして作ってるってことでしょ?」

[おれ] 「金属板で作った箱型のカプセルを中心から枝のように張り巡らせてるんですね」

 

 

[リン] 「ビルってコンクリートで作ったり、鉄骨みたいなので組み立てるんじゃないの?

     全然詳しくないけど、たぶんこんな建物って普通はありえないと思う」

[おれ] 「そのあり得ないものを実現してしまったから、世界中から讃えられているわけで」

[リン] 「ひらめきのある人は、いろいろ思いついて、なんでも実現できちゃうのかなぁ

     絵画とか彫刻もそうだけど、アーティストと似たようなセンスがないと、

     こういうのって作れない気がするの」

[おれ] 「そう、『想像力』と『創造力』、二つのソウゾウがないと、作れない物体です

     さっきも言いましたけど、これ建築物として作られた芸術なんですよ

     日本を代表する建築家黒川紀章氏の設計、世界に名だたる巨匠の代表作なんです」

[リン] 「確かに、これってアートだと思う!」

 

 

[おれ] 「黒川紀章氏は、建造物の構造ばかりに自己表現を向けたわけではないんです

     新しい時代の新しい生活様式を提案するという、そんな方向性も示しています

     これ、新世代のビジネスマンのセカンドハウス的な用途を狙ったマンション

     自宅に帰らずホテル代わりに泊まるとか、空き時間の仮眠に使うとかですよね」

[リン] 「銀座に仕事用の別荘持ってるよって言ったら、確かにかっこいいかも」

[おれ] 「この箱一つ一つが完全個室、しかもカプセル内部には専用のベッドや収納、机、

     空調やオーディオ、ユニットバスまで完備 まるで空想科学の宇宙船のよう

     この建物が完成した昭和47年では、超先進的なアイデアだったはずです」

[リン] 「秘密基地って感じ!」

 

 

[おれ] 「2本の幹『シャフト』に、箱型のユニット居住室『カプセル』を吊って固定した

     塔なので、名前は"カプセルタワービル" ちなみに頭に付く『中銀』は、

     中央区と銀座それぞれの頭文字から名づけられたものです」

[リン] 「あれー、名前が『カフセルタワーヒル』になっちゃってるよ あはは」

[おれ] 「もう、直す必要がないからですね」

[リン] 「え?」

 

 

[おれ] 「ほら、工事用のフェンスで囲まれてしまったでしょう」

[リン] 「貴重な建物だから、長く使えるように修理しようとしてるのかなぁ」

[おれ] 「残念ながら違います このアート、まもなく取り壊しが始まるのです」

[リン] 「えー? だって、世界的に有名な建築家さんが作った建物なんでしょ?

     世界でここだけにしかないんでしょ? 壊しちゃうなんてもったいないよ」

 

 

[おれ] 「日本という国は物を大切にする習慣があると言われていますが…

     じつは社会から文化価値があるとお墨付きをもらえたごく一部を除き、

     使い捨て文化が当たり前になっているのが実情なんですよね」

[リン] 「確かにそうだよね… 繰り返し使うこと考えられてない品物ばかり売ってたり、

     買い換えたほうが安いとか、古くて不便なの持ってるとみっともないだとか」

[おれ] 「一般の集合住宅としてみれば、半世紀が経過すればそろそろ寿命といえる時期

     でも、ここの場合はそれらと並べられないんですよ アートには寿命などない

     有名な画家や彫刻家や陶芸家の作品は、没後にどんどん価値が上がりますよね

     特に海外からは、このカプセルタワービルの取り壊しには否定的意見が多いとか

     古くなったからといってなぜアートを安易に破壊するのか、不思議なんでしょう」

[リン] 「浅草寺とか東京タワーとか国会議事堂は、古くなっても大切にされるのに」

[おれ] 「日本という国は、思想という面から評価すると、かなり貧しい部分があるんです」

 

 

[おれ] 「すでに解体準備は進んでいます 各部屋の退去も済んでいるようです」

[リン] 「もう出入りする人の姿は見られないってことか…

     好きで住んでた人もいるだろうけど、無念なんだろうな」

[おれ] 「芸術は死なないはずなんですが、日本のマンションの常識という範疇では

     50年を過ぎたあたりから必然的に建て替えへと向かって行ってしまうんです

     岡本太郎さんの"太陽の塔"と同じくらい貴重な建築物のはずなんですが、

     ここはどうやら不動産相場としての価値でしか評価されないようですから」

 

 

[リン] 「あれ? あの部屋、電気ついてるみたい ほら、間違いないよね」

[おれ] 「すでに電力は切断されていると思っていたのですが、まだ生きているんですね」

[リン] 「もうみんな出て行ったんじゃなかったの?」

[おれ] 「工事関係者が使っているのか、あるいはこのマンションの関係者の一部が

     最後の最後まで居残っていいような契約をしているのか」

 

 

[おれ] 「多くの所有者は、取り壊しに肯定的なようです

     新しい建物に建て替えたほうが資産価値が上がりますからね」

[リン] 「芸術的視点で評価する人がいっぱい住んでたらよかったのに」

[おれ] 「それでもここをアートだと支持する人は末期まで住み続けていて、

     保存活動も盛んに行われていました」

[リン] 「でも、その人たちの声は届かなかったってことだよね」

 

 

[おれ] 「終の棲家とされるわけでもない建物、無頓着な住民もいたんでしょう

     結果、改修や延命工事が行われず、どんどん老朽化や破損が進み、

     全館空調が機能しなくなったり給湯が止まったり、雨漏りしたり…

     一般住宅なら致命的な状態で、かなり深刻だったようです

     耐震基準も変わり、構造上配管類のメンテナンスも困難

     結果的に50年でマンションとしての限界に至った… そんな経緯かと思います

     長期修繕計画とかがとても大切なんですが、カプセルという特殊な形態ゆえ

     個々の部屋単位で意思や主張に差が出て、管理が難しかったようですね」

[リン] 「住んでる人のほうが、このマンションを"使い捨て"扱いしちゃったのかな」

[おれ] 「一部所有者に限って言えば、そういう側面はあったんだと思います

     黒川紀章氏は長期間使い続けられる『ある仕組み』まで考慮して

     構想したようですが、残念ながらこのありさま…

     芸術家は奇人なり、奇人の思想は一般人には理解できないのでしょうね」

[リン] 「考えてみればさ… マンションって住む人の意思で守られるものだから

     暮らす人が不便だとか建て替えたいって思ったら、それも正しい結論なのかも」

[おれ] 「その通り アート性だけでなく、純粋な住宅としての需要もあるわけですからね」

[リン] 「直してホテルとかにしちゃえば、もっと価値のわかる人に選ばれたかもしれないな」

 

 

[リン] 「わあっ! あっあそこ見てよっ!! なにあれっ!!

     …あ、なんだ、顔の写真かなにか貼ってあるの? びっくりした」

[おれ] 「住人がこのカプセルタワービルに敬意を表する意味で残していったのでしょう

     2007年に亡くなった、黒川紀章氏の肖像ですね」

[リン] 「そっか、もう亡くなってたんだ 天国から、どう思って眺めてるのかなぁ」

[おれ] 「芸術的建造物がもう少し評価される時代が来るよう、願ってるんでしょうか」

 

 

[おれ] 「このカプセルタワービル、もっと奥深いアイデアまで仕組まれています

     実現はしなかったけれど、誰も想像すらしなかったような画期的な思想が」

[リン] 「マスター、そういうエピソード好きそうだもんね

     あたしも、少しだけ気になってきた 全然詳しくないからさっぱりだけど、

     アートとして眺めてみると、アーティストの考えもちょっと探りたくなるの」

[おれ] 「その辺、少しだけ紐解きたいと思ったりしますので… この一件については

     続きがもうちょっとあります でも、その辺はまた後日ということで」

[リン] 「何か見せてくれるってことかな なんだろ」

[おれ] 「それはのちほどのお楽しみですって」

 

 

[おれ] 「マンション建築なんて興味ないでしょうけど、少しは驚いてくれましたか?」

[リン] 「ちょっとした美術鑑賞した気持ちになれたよ こういうアートもあったんだね

     もうすぐ消えちゃうのは惜しいけど…残ってるうちに見られて幸運だったかも」

[おれ] 「その気持ちを持つことが、芸術的建築家への手向けになるはずですよ」

 

 

[おれ] 「令和の時代に姿をとどめた、昭和の巨匠が残した偉大な建築物

     モノがモノだけに、賛否もメリット・デメリットも極端だったんでしょうね

     空想を実現してしまったような、高度成長期の勢いを感じる建物でしたが、

     夢はいつか覚めるものということなんでしょうか まもなく終焉です」

[リン] 「マスターは昭和生まれだから、こういうの身近に感じるよね

     あたしも縁あっていろんな昭和見てきたから、同じように思えてね

     たぶん同じ気持ちで見てるんだよ、マスターと」

[おれ] 「それならよかったですけどね」

 

 

[リン] 「カプセルのマンションも写真に残せて満足そうだねー もう帰るんでしょ?」

[おれ] 「少し疲れましたし、リンちゃんも眠いんじゃないかと思うんですが…

     もし大丈夫なら、もうちょっとだけ回ってから帰ろうと思ったりしてます」

[リン] 「せっかくのお出かけだからさぁ もちろん行くよ!」

[おれ] 「近場に、ちょっと気になるのがあるんですよ」

 

 

 

※「中銀カプセルタワービル」は、2022年に解体終了しています

 

 

次回、シリーズ第2話。

頑張って次の更新日までに間に合わせる予定。

果たして、頑張れるか?

 

 

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