「このままでは江戸前すしが食べられなくなる」魚の枯渇を食い止めるためトップシェフたちが動いた
畑中三応子
食文化研究家/料理編集者
6/6(土) 9:01
農林水産大臣と水産庁長官に政策提言後に記者発表を行ったシェフス・フォー・ザ・ブルー(Chefs for the Blue)のメンバーたち。左は代表のフードジャーナリスト、佐々木ひろ子さん
この20年くらい、一般的なスーパーで売られている魚介の種類がめっきり少なくなりました。鮮魚コーナーに切り身か丸ごと1匹で並んでいるのは、サケ、サバ、ブリ、イワシ、アジばっかりで、これに季節によってサンマやカツオやタラが加わる程度。刺身コーナーでは、マグロ類やマダイ、サーモン、ハマチ、イカ、タコ、甘エビばかりが幅をきかせています。日本は海の幸が豊富なはずなのに、選択肢が少なくて寂しいかぎりです。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?
消費量がほぼ半減、漁獲量は約4分の1に激減した魚介類
かつて世界一の魚食国だった日本で現在、「魚離れ」が急速に進んでいます。水産庁HPによると、2011年度に1年1人当たりの肉類消費量が魚介類の消費量が上回りました。食用魚介類消費量は2001年度の1人当たり40.2kgをピークに右肩下がりで減少し、2022年度は22.0kgと半分近くに落ち込んでいます。
嗜好やライフスタイルの変化、おいしくて体にいいと分かっていても値段が高い、調理が面倒くさいなど、魚離れには複合的な原因が考えられますが、日本の海で獲れる魚が減ってしまったのも大きな理由でしょう。
漁獲量はピーク時の1984年以降の約40年間で、なんと約75%も減りました。さらに、1973年には50万人を超えていた漁業就業者数は、半世紀で約80%も減少しています。これらの数字を知ると、日本の魚食文化の未来に危機感を抱かずにはいられません。
世界でもっとも多様な魚介類を利用する食文化
南北に長く、亜寒帯から亜熱帯までの環境を含む日本列島は、世界でも有数の生物多様性が高い地域。亜種や外来種を含めて4700種以上もの魚類が生息しています。日本と同じように大陸のそばにある島国のイギリスでは300種類程度と少なく、ニュージーランドでも1300種類弱と、その差は圧倒的です。ちなみに、7500種類を超える植物が自生し、そのうち1000種以上が食用にできる日本に対し、イギリスは1600種類、ニュージーランドは2000種類程度です。
さまざまな生物がいるから食材も多くなります。和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたとき、特徴として地域に根ざした食材が豊富なことがあげられたのは、このような突出した生物多様性に裏付けられてのことです。和食は世界でもっとも多くの魚介類を活用している食文化とされ、各地では特産の魚介を使い、それぞれの気候風土に合った多彩で個性豊かな郷土料理が数限りなく作られてきました。
スーパーで鮮魚売場の定番、ギンザケ、ブリ、タラ。安価なギンザケの多くは南米のチリで養殖されたものだ
海と川に恵まれた日本で地魚が食卓から遠のいている
にもかかわらず近年、食卓に上る魚介類が全国で均一化し、輸入品の割合が増えています。2024年度の食用魚介類の自給率は重量ベースで52%しかありません。冒頭にあげたスーパーの魚のうち、サケは南米のチリで養殖されたギンザケ、北欧のノルウェーで養殖されたタイセイヨウサケ(ノルウェーサーモン)が日本のシロザケにとってかわり、国産のサバよりも脂が多く乗ったノルウェー産のタイセイヨウサバを好む人が増えています。
以前はよく食べられていたコイ、フナ、ドジョウといった淡水魚にいたっては、滅多に見られなくなりました。かろうじて養殖のアユが初夏になると登場するくらいです。かつてはコイを味噌汁で煮込んだ「鯉こく」が病気や不調を癒して産婦の体力回復を助ける養生食として利用されるなど、淡水魚も食生活に欠かせない存在だったのに、です。
海と川に恵まれた島国の日本で、身近な場所で獲れる魚介が食べられない。日本の魚介類はいま、危機に瀕しています。
トップシェフたちが水産資源の回復に向けて政策提言
こうした現状をいちばん痛感しているのは、プロの料理人たちでしょう。「海のおいしさを次の世代に」という目標を掲げ、海の幸と食文化を守るための啓発活動を続けている料理人チーム、シェフス・フォー・ザ・ブルー(Chefs for the Blue、代表/佐々木ひろ子)が2025年5月に行った飲食店アンケート調査(全国1301名)では、「市場に流通する魚介類が10年前に比べて減った」が95.2%、「仕入れの今後に危機感がある」が98.2%という結果となり、飲食店で水産物の調達難が続いていることが明らかにされました。
シェフス・フォー・ザ・ブルーは5月18日、水産資源の回復と食文化の維持継承に向けた政策提言書を農林水産大臣と水産庁長官に提出し、その後に行われた記者発表で各ジャンルのシェフ5名が窮状を訴えました。
「年々、品質のよいものを手に入れるのが難しくなっている」(岸田周三/「カンテサンス」オーナーシェフ)
「昔のほうがよかったと感じる魚が大半。質が低下して量も減った」(杉田孝明/「日本橋蛎殻町 すぎた」店主)
「市場で好みの魚を探すのが難しい状況」(坂本健/「チェンチ」オーナーシェフ)
「地域の特色ある魚介類が激減し、まったく流通しなくなった種もある」(林亮平/「てのしま」店主)
「魚介の調理技術が途絶えることの危機感が大きい」(川田智也/「茶禅華」オーナーシェフ)
「店で提供する料理の6割に魚介を使用する」と語る「カンテサンス」の岸田周三さん。中国料理の「茶禅華」、イタリア料理の「チェンチ」でも魚介の割合が肉類より多いという
このままでは本物の江戸前すしが食べられなくなる
とりわけ深刻なのは江戸前すしに欠かせない沿岸魚種の激減。このまま手をこまねいていては、将来すし種の大半が輸入品になってしまうかもしれません。
シェフたちの政策提言でも1番目は沿岸魚種の資源調査・研究のための予算を倍増し、科学的なデータに基づいて資源管理を行い、一刻も早い資源回復をはかることでした。
また、日本の漁獲量の1位はマイワシ、2位はホタテガイ、3位がサバ類ですが、マイワシの81%、サバ類の60%が食用ではなく養殖のエサなどにまわれているそうです。
とくにサバ類は成長しきらない100〜150g程度の未成魚のとき漁獲されてしまうことが常態化しているのが問題。未成魚は脂が乗っていないため商品価値が低く、総漁獲量の28%が養殖魚のエサとして安価に輸出され、その一方で高価な大型のサバをノルウェーから輸入するという矛盾が生じているといいます。政策提言でも、「サバ、イワシなど多獲性の魚について、食用への優先供給を制度化し、物価高のなかで手頃な国産魚を食卓に取り戻す」があげられました。
現在、政府の成長戦略の中心軸は輸出に置かれていますが、消費者の生活防衛のためにも、食料安全保障の点からも、そして魚食文化を次世代につなぐためにも、近海で獲れた国産魚が少しずつ食卓に戻ってくる施策がとられるよう願わずにはいられません。
「何もしないとなくなってしまうが、まだ間に合う。いまできることを地道に続けていきたい」というシェフたちの言葉が深く響きました。
畑中三応子
食文化研究家/料理編集者
ベスト エキスパート受賞
2024
『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)編集長をつとめるなど約350冊の料理書を手がけ、流行食を中心に近現代の食文化を研究・執筆。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」ジャーナリズム部門大賞、Yahoo!ニュースエキスパート「ベストエキスパート2024」コメント部門グランプリ受賞。著書に『熱狂と欲望のヘルシーフード−「体にいいもの」にハマる日本人』(ウェッジ)、『ファッションフード、あります。−はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)、『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』『カリスマフード−肉・乳・米と日本人』(ともに春秋社)など。編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。
個人の意見
> 以前はよく食べられていたコイ、フナ、ドジョウといった淡水魚にいたっては、滅多に見られなくなりました。かろうじて養殖のアユが初夏になると登場するくらいです。かつてはコイを味噌汁で煮込んだ「鯉こく」が病気や不調を癒して産婦の体力回復を助ける養生食として利用されるなど、淡水魚も食生活に欠かせない存在だったのに、です。
国内外を問わず、淡水魚を食べていた人が海水魚を食べ始めたことと、ルールを守る国と守らない国があり、稚魚まで乱獲するような横暴さを野放しにしてしまい、海洋資源の獲り合いになって、フェアな方が損しているという現実があるような印象だ。ただし実際に見たわけではなく、数年前の報道から受けた印象なので、決して断言はできない。
淡水魚を食べる人が少なくなったとのことだが、私個人としては、川魚に対する偏見はない。
特にコイは、その薬効に注目して、新鮮なものを食し、それを実感した。
現代人が不足しがちな栄養価が、その魚にあるならば、好き嫌いではなく健康維持として食べるように努めるのはいいことだと思う。

