新刊『絶望図書館』(ちくま文庫)に入っている
作家ウィリアム・アイリッシュ関連で、
昨日のつづきを少し。
アイリッシュの『幻の女』の出だしと同じ「人間消失ミステリー」について。二人でいたところを何人も目撃しているはずなのに、あとで聞くと「あなたはひとりだったよ」とみんなに言われる、という謎をどう解決するか。
新しいところでは(といっても2005年ですが)、映画「フライトプラン」。ジョディ・フォスター主演で、彼女が6歳の娘と飛行機に乗るのですが、娘が行方不明になり、必死で探すと、そもそも搭乗名簿にも名前がなく、周囲の人たちも誰も娘を目にしていないと言う。あなたは最初からひとりだったと…
映画「フライトプラン」のDVDはこちら。飛行機という、外には出ようのない密室であること、荷物や航空券もないということ、そもそも娘は実在せず、ジョディ・フォスターの妄想かもしれないところなど、謎の条件はかなり整えてあります。
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フライトプラン [Blu-ray]
2,571円
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その前年には「フォーガットン」という映画もありました。こちらは息子が消えます。思い出の写真からも姿が消え、仲がよかった友達もそんな子は知らないと言い、夫さえ「私たちに息子なんていない」と言います。強烈な謎の提示です。
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フォーガットン [DVD]
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「人間消失ミステリー」は、謎が強烈なだけに、解決がなかなか困難です。作品ごとに、いろんなアイディアや工夫がありますが、中には、赤川次郎さんの「謎の組織を出すと、なんでも組織の仕業にできて便利なんです」という言葉を思い出させるものも…。
「人間消失ミステリー」で私が最高傑作だと思うのは、ディクスン・カーの『B13号船室』というラジオドラマです。結婚したばかりの女性が、夫と共に豪華客船に乗り込みます。船員たちもちゃんと見ています。なのに、出港してから、夫が行方不明に。船員たちは「あなたは最初からひとりでしたよ」と。
乗客名簿を調べてみても、夫の名前はありません。名簿に載っているお客たちは全員確認がとれ、その他に誰か船に乗っているということはありえないのです。乗船のときにちゃんと確認していますから。ですから夫が船から海に飛び込んだという可能性もありません。そもそも乗っているはずがないからです。
解決編でいちばんガッカリなのは「証言者が全員グルだった」ということでしょう。しかし、『B13号船室』では、そうではないのです。みんな完全な第三者として、事実として、「あなたはひとりでしたよ。そんな人はいませんでしたよ」と証言しているからこそ、この謎は魅力的なのです。
機械的なトリックも、こういう謎の場合、興ざめです。たとえば、「鏡を巧みに組み合わせて、夫を見えないようにしていた」というようなことです。
もちろん、謎の組織や宇宙人も、登場してほしくないです。女性の妄想だった、というのも、ミステリーとしての面白みはないでしょう。
この「B13号船室」は、これらの厳しい条件をすべてクリアしています!証言者はみんな本当のことを言っていて、機械的なトリックでもなく、謎の組織も宇宙人も出てこず、主人公の妄想でもありません。しかも、ややこしいトリックではなく、ひと言でわかる、とてもシンプルな心理トリックです。
それなのに、いまひとつ有名でないのは、ラジオドラマのせいでしょう。台本の翻訳を、『カー短編全集4 幽霊射手』創元推理文庫で読むことができます。オススメです。
さて、昨日も書きましたように、これはもともとは実話に基づいています。明日はそれをご紹介したいと思います。
(この話、続けようと思えば、まだまだものすごく長く続くので、どれだけ省略するか悩み中。まだまだたくさん映画や小説があります)