カフカの言葉遣い(3)マックス・リュティの昔話の様式理論 | 「絶望名人カフカ」頭木ブログ

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『絶望名人カフカの人生論』『絶望読書』『絶望図書館』、NHK『絶望名言』などの頭木弘樹(かしらぎ・ひろき)です。
文学紹介者です(文学を論じるのではなく、ただご紹介していきたいと思っています)。
本、映画、音楽、落語、昔話などについて書いていきます。

前回の続きです。

前回、
「カフカの書き方は、
『世界中の昔話に共通するルール』と、
 似通っているところがある」
というお話をさせていただきました。

私はもともと昔話が大好きでして、
文章を書くようになったのも、
幼い頃に兄がたくさんの昔話をしてくれたことがきっかけです。
それこそ何百という昔話を、
本を読むのではなく、
記憶で語ってくれました。

その後、自分でも本を読めるようになって、
子供向けの昔話を本を読むと、
何かちがうのです。
お話の内容はたしかに同じなのに、
兄のお話にある面白さが、
そこにはちっとも感じられませんでした。

それがずっと不思議だったのですが、
ある程度、大人になって、
子供向けではない、
大人向けの昔話の本、
つまり、「地方で採集されたそのままの語りのもの」
を読むと、
兄の昔話にあったのと、同じ面白さがそこにはありました。

これはいったいどういうことなのか?
方言の味わいと思われるかもしれませんが、そうではありません。
兄は標準語で話してくれていました。

この謎を解き明かしてくれたのが、
スイスの文芸学者マックス・リュティ
昔話の様式理論でした。

そう書くと、
何だか難しそうですが、
たとえば、
「昔話には3人兄弟がよく出てくる」
「同じシーンが3回くり返されることが多い」
などは、
気づいている人も多いでしょう。
そうした、昔話の様式について、
突き詰めて研究した人です。

昔話の研究というのは、さまざまになされています。
ところが、こうした様式の研究は、
されていなかったんだそうです。
今から考えると、とても意外に思えますが。
これを初めて行ったリュティも、
当時は普通の高校の国語の先生だったそうです。
いわば在野の人であったわけです。

私がこの理論を初めて知ったのは、
日本の昔話研究家、小澤俊夫先生の著書を通じてです。
指揮者の小澤征爾さんのお兄さんで、
ミュージシャンの小沢健二のお父さんです。
ご当人も、大変に素晴らしい方です。
ドイツ文学者で、筑波大学名誉教授です。

小澤先生はリュティの本を翻訳されたのですが、
当時、リュティはまだ高校の国語の先生で、
理論を発表して10年経っても、
本国でもあまり認められていなかったそうです。
その時点で、リュティの理論に感動して、
翻訳までした小澤先生もすごいと思います。
「20世紀を代表する理論になる」と確信されたそうで、
実際にそうなりました。

その後、リュティは認められ、
チューリッヒ大学の教授となり
(リュティを招くためにわざわざ民族学科を創設したそうです)、
世界学会では、特別扱いで、リュティが現れるとみんなが注目し、
3、4人しかいない名誉会員になり、
という状況であったようです。

話が長くなったので、
つづきはまた書かせていただきます。