ぜんぜん読みもせずに。
伊豆で舞子といちゃいちゃしたり、
雪国で芸者といちゃいちゃしたり、
そんな自分の体験を小説に書いて、
「日本はいいなー」と宣っている人だと思っていました。
で、冨士山芸者で、海外ウケして、ノーベル賞と。
ところが、
『眠れる美女』を読んで、
心底驚き、
『片腕』を読んで、
さらに驚きました。
「飛び上がって座りションベン」という表現がありますが、
まさにそれくらい驚きました。
『みずうみ』もスゴイし、
『掌の小説』もたまりません。
で、この『たんぽぽ』が
講談社文芸文庫で出たときにも、すぐに買ったのですが、
『眠れる美女』『片腕』に続く作品で、
しかも最後の作品です。
これを書いている途中で自殺してしまったので、
未完です。
とても、もったいなくて、なかなか読めませんでした。
少し読みかけては、もったいなくて、やめてしまう、
というくり返し。
そうこうするうちに、
この本は絶版に。
それでもまだ読めなくて……。
でも、ついに読み終えました。
たんぽぽ (講談社文芸文庫)/川端 康成

¥897
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目の前にいる人の身体が見えなくなるという、
「人体欠視症」という心の病気が出てきます。
もちろん、そんな病気は実際にはありません。
川端康成の創作です。
面白いことを思いつくものです。さすがです。
なんとなく、大島弓子のマンガにもありそうですね。
「人体欠視症」になった女性を精神病院に入れるところから始まります。
その帰り道に、
女性の母親と、女性の恋人が、語り合います。
それがずっと続くのですが、
どうも母親のほうも、恋人もほうも、
それぞれに普通ではありません。
お互いに、「この人もおかしいのでは」と疑いつつ、
母親による、病気になった娘の回想も混じってきます。
さらに、恋人による回想が始まったところで、
突然に小説は途切れています。
これからいったいどう展開させるつもりだったのか……。
まったく残念でなりません。
川端康成と言えば、
芸者をじっと見つめすぎて泣かせたり、
強盗を見つめただけで、相手が逃げて行ったり、
人を射すくめる眼光が有名ですが、
その人が、目にまつわる設定で、
いったい何を描こうとしたのか……。
それにしても、
70歳近くなって、こういう小説が書けるというのは驚きです。
SF的な設定もそうだし、
母親と恋人の会話は、
現実にはありえないものです。
こんな会話をする人はいません。
異様なのですが、そのせいで、
独特の世界にどんどん引き込まれていきます。
理屈で設計できるものではなく、
感覚的な流れに身を任せて書いているのでは。
(実際、話に矛盾が生じていていき、後で修正したり削除したりしているようです)
感覚で書くタイプの作家は、小説家でも映画監督でも、
やっぱり若いときのほうが鋭く、
歳をとると、衰えてきやすいものですが、
川端康成の場合は、老年になってもますます冴えていくのは、
なにやら恐ろしいほどです。
自殺の原因として、「ノーベル賞による重圧で……」
という説もあるらしいですが、
とてもそうは思えません。
ああ、ひたすら残念です。
この作品の続きも読みたいし、
さらに次作も読みたいのに……。