目が覚め、少しだけ幸福な気分になった


雨の音が聞こえてきたのです


今日は土曜日


野球の日


中学生の私は土日になると野球に出かける


でも


本当は野球が嫌いだった


いや


野球が苦手だった


スポーツとしての野球はとても面白い


観るのとやるのは大違い


打席に立つのが億劫で


練習も試合も


嫌いだった


そんな土日に雨が降ると


体育館でトレーニング


それは最高だった


トレーニングが好きなのではなく


決して得意ではないが


野球をしなくて済むことが


単純にうれしかった


うれしかった


そんなわけで雨音が聞こえると


何だか幸福になれる


不思議とやる気になる


落ち着く


条件反射の一種のような気がする


私は雨の日の朝が好きだ


なんてことありません。


森鴎外の「かのように


問題意識を持つ


それはこの小説に由来しているのですね


先人に学べとはまさにこのことで


私のように読書量に劣る学生などは


学ぶことが多く、かつそれに触れる機会がない


ないのではなく、本当はあるのだが


ないかのように思っているだけ


かのように、ね。


問題意識と関連した内容の本を手に取り


やったーあったー


読まないでいた私


そんなものなのです


私の興味などそんなものかのように


読みはじめると楽しく、楽しいというのは


知的関心をくすぐるということです


松本清張「渦」


表現技法?関連性を持たせることがとってもきれいです


そんなずるい表現


でもうまけりゃいいのです


プロフェッショナルなのですから


それで食べているのです


興奮させる能力があるのですね


さて、新聞に小説を連載するという形は


イメージが湧きません


作家のプライドみたいなものに


響かないのでしょうか


つまりは精神論です


作品としての文章を愛しているということ


小出しにする。そんなのじゃどう


心が狭いのでしょうか。


新聞が生き残るためにはその必要があるのかもしれません


本当に力のあるプロフェッショナルが力を貸すこと


新聞のためにできること


愛される必要があるのですね。


それは狙ってできることではありません。


自然にそうなるのです


私はそれに嫉妬しました


愛されている彼に嫉妬しました


それは彼に魅力があるだけ


それは自分に魅力がないだけ


それは自分に由来していて


彼には何の罪もない


だけど心の狭い私は


利害ばかりに気を取られてしまう


私は弱く


だけど


だから


気づく


後悔していることは、いつになっても同じなのでしょう


今が成長の瞬間


競争で焦る


競争で散る


競争に後悔する


こんな時こそ、他者性


私の言葉で言いなおそう。


すべての人を尊敬し、こびない。


私といることで、あなたを幸せにしたい。


競争は社会の仕組みであり、本当は自分とは関係のないことなのだ。


ふぅー。


落ち着いたのかな?


緑は嫉妬の色


スクールカラーは緑


大学は嫉妬に満ち


こころは荒む


そんなこころはひとに愛されやしない


愛されない学生は魅力的じゃない


魅力的じゃないのは自分


自分。


らしくあれなんて言わないけど、


どうかもう二度と、緑で文字は書きたくない。




ただただ壁を登る。


だからなんだ?


何が楽しいのか?


ビルを綱なしで登る人間を観て、かつてそんなことを思ったときがある。


その気持ちがわかったのかもしれない。


ただし、私はビルは登らない。


登るのは壁。


スポーツとしての壁登り。


どのスポーツも、頭を使って考えなければならない競技であると


その競技の選手や指導者はいう


その通りなのかもしれないし


差があるのかもしれない


壁登りですら、あたまをつかう。


本番ならやり直しがきかないが、練習ならばどんどん上達する


何度も何度も落ち、失敗の原因をしる。


己の弱さを知るのだ。


触らなければ決して上手くならない。


もちろん、時には休息し、そのときにイメージを膨らませることも大切かもしれないが。


とにかく積極的に。


たとえこの腕が千切れようとも。


がむしゃらに立ち向かうのが私にはあっているのかもしれない


とにかく前に進め