まさかの復帰 | 子宮筋腫をとったらば

子宮筋腫をとったらば

2015年12月に開腹で子宮の全摘をした、45歳・既婚・子ナシの備忘録。

いつも頼んでいるコーヒー豆が届いて

袋を開けたら。

豆がパンパンに詰まったビニールの上に

大きめの付箋がぺたり。

そこにダーマトグラフで見覚えのある文字が

「30年ぶりにバイトしませんか」。

へ???

 

常飲しているコーヒーは私が学生の時から

数年間アルバイトしていた店のもの。

ちょうど二十歳でそれまでの出版社のバイトを

辞めて、新しいところを探していた時。

「ここ美味しいよ」と誘われたお店にどう見ても

本物のシャガールが2枚かかっている。

なんじゃこの店はと思ったら入り口に

アルバイト募集の張り紙があって、

お願いして使ってもらいました。

社会人になってからも土曜日だけ入って

お互いに相性がよくはあったと思うけれど。

 

でも現役ははるかに遠くなりにけりですよ。

五十路の私が久しぶりの接客に耐え得るのか。

10年ほど前に1日だけヘルプに入ったときは

大まごまごしてご迷惑をかけた記憶が……。

そもそも私が辞めた後にオーナーチェンジして

店のポリシーも相当変わっているはず。

ママが引退して焙煎も抽出もメインだった

雇われマスターが後を引き継ぎました。

もちろん私も当時一緒に仕事をしていて

その後のお付き合いも長いので

気心は知れているけれど。

でもお役に立つ自信はないのだけど、

とりあえず話を聞こうと店に出向きました。

 

「いや、今入っている子が妊娠してね、

つわりが酷くなってきちゃったんだよ」

ああなるほど、おめでたいけれどそれは大変。

でも私、使いものになるんでしょうかね?

もうばあさんで手も頭も身体も昔のように

働けるとは思えないのですが。

若くて元気な人を探した方が

店にとってもプラスなのでは?

「もう以前と違って落ち着いてやりたくてね。

かのこちゃん大丈夫だと思うから来てよ」

嬉しいけど思い出補正が入ってる気がするな。

ダメだと判明したらすぐに

「おまえ使えない、クビ」って宣告してくださいよ。

 

話してみて分かったのが私のセールスポイントは

私は暇で、店が欲しいときに都合よく調達できる

人材であるということ。

妊婦さんの体調に準拠するのだから、

急に仕事が入ったりなくなったり。

固定収入が欲しい人にも不向き。

「それにさ、新婚さんとかだと週末来てもらうと

夫婦の時間が減っちゃって気の毒なんだよね。

かのこちゃんのところは結婚生活も長くて

もうその段階超えてるかなって思って」

そんなに冷めた夫婦関係ではないんだけど、

まあ今夫は平日も在宅なので問題なし。

 

私も今の所に越してきて1年が過ぎて、

すっかり落ち着いてちょっと何か始めたいと

思っていたところだったので、

とてもありがたい話ではある。

20年以上ぶりの社会復帰を馴染みの店から

スタートできるのは本当に幸運なことです。

これで私が店にとって多少なりとも有用な

人材になれさえすれば。

 

ひとまずお試しということで週2~3日から

通わせてもらうことになりました。

懐かしさもあるけれど緊張もする。

あの頃と違ってSNSのある現代だから、

「あのばばあ使えない」とか書き込まれちゃう

のではないかという、新たな恐怖もあります。

自分の失態が今までよりも速やかに広く

店にダメージを与え得るというのが恐ろしい。

頑張らないと。

 

初出勤は向かう電車も懐かしい。

車窓の風景の変わったところと変わらない

ところが年月の経過を感じさせます。

あの頃はジーンズのポケットに小銭入れと

文庫本だけを突っ込んで、

手ぶらで通うような嗜みのないおなごでした。

というか今回も性懲りもなく手ぶらで

行こうとしていたら夫から

「それは流石にどうかと……」

と止められてしまいました、そうか、ダメか。

混んだ電車に乗るのに

手ぶらって楽なんですよね。

男性はバッグを持たない人だっているのに、

女の手ぶらが妙に見えるというのは

どういう構造なのかなと面白く思います。

 

肝心の初お勤めはやっぱりもたもた。

コロナで席数を間引いているから

以前よりも楽なはずなのに。

長いギャップを埋めるには

それなりの時間がかかりそう。

この試用期間中の使えない間、

ご一緒に働くお方たちにお手数をかけたり、

(多分)ハラハラさせてしまうことが

もう本当にお腹の底から申し訳ない。

焦らないで落ち着いて、

早く店全体を俯瞰で見られるようにならないと。

 

心配していた「いらっしゃいませ」の発声は

20数年ぶりの割にはスムーズに出て。

ただ、なまじ経験しているから以前とは違う

新しいやり方がサクッと身につかなかったり。

当時のままの値段で出しているケーキを、

ついつい当時のままのサイズ感で

切ってしまうのも直さないといけない。

手先も鈍くなっていて自宅では無頓着でも

プロは動作に無駄な音をたてません。

お皿洗いも製氷機の開閉もそれは静か。

早くあのレベルになれるといいなー。

 

なんにも話していなかったので、

初めてのお給料をいただいた時には

時給の高さにびっくり!今東京ってそうなの?

見合っているのかという不安がますます

募りますが、若い頃不敵にも

「日本一のウエイトレスになる!」

と気張っていた時を思い出して精進します。

 


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