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私たちと一緒に創造してみませんか?
やってみたいと思う方、是非ご応募ください!!!
楽しいですよ!
待ってまーす!!!!!
おしっこをしたくなったら、トイレに行っておしっこをする。
トイレに行くには、立ち上がり歩かなければならない。
だから歩こうとするし、ともすると歩けないのに歩いてしまう人もいる。
さまざまな理由で歩けなくなるが、ご本人はそれを忘れてしまう。
忘れる・・・というより、覚えていられない、認知症があるから。
上手に歩けないことは新しい事実だから、尚のこと覚えていられない。
でも古い情報はまだまだたくさん残っている。
だから、おしっこをしたくなったら、トイレに行っておしっこをする。ことは覚えているのさ。
だから、歩こうとする。
でも歩けなくて・・・・・
「おや、どうしたんだろう、歩けないぞ。いやそんなはずはない。歩けないなんて・・・・・」
そう思って、歩こうとする。
人間は一人で頑張ることを本能で知っているから、歩けない自分に鞭打って、頑張って頑張って歩くんだ。
歩けないなんてこと、到底考えられないから。
だけど、歩くのは無理だから、転ぶんだよ。
たったこれだけのことなんだ。
みんなだって、そうでしょう。
きっとそうでしょう。
歩こうとするに決まっている。
だったらどこの時点で、支えればいい?
覚えていられないことは、わかっているんだ。
そしたら、歩こうとする直前、もしくはその瞬間に支えられる距離にいればいい。
それはいつで、どこで、だれが?
それをみんなで決めればいい。
簡単なことさ。
そうでしょう?
だって、おしっこをしたくなったら、トイレに行くんだから・・・・・誰だって。
簡単なことさ。
『仲間の皆さんへ。お知らせします。
町永さんの「福祉ネットワーク」で久しぶりに認知症について
放送を行うようなので、お知らせさせていただきます。
題名 福祉ネットワーク
シリーズ認知症と向き合う
日時 9月5日(月)~8日(木) 4夜連続
20:00~ NHK教育テレビ
広めて下さい』
みなさん!
是非見ましょう!!
認知症は病気である。
そう言われ、捉え方が変わってきた。
試行錯誤して、その人がその人らしく生きる姿を見つけられるようになってきた。
きっとこれからも、まだまだ試行錯誤していくのだろう。
この方法がいいとか、あっちの方法がいいとか、あそこの方法がいいとか・・・・・
きっと悩みながら探すのだろう。
誰かが、どこかで、いつか、考えたことを、みんなで共有しあってはどうだろう。
共有しあい、理解しあい、教えあって、施してはどうだろう。
できないことを放置して、できない人を切り捨てるなんて、いいのだろうか。
できるように、わかるように、伝え合うことはできないだろうか。
そもそも、認知症の状態にある人は、それを求めているのではないのか?
お互い様なのではないのかなぁ・・・・・
どうしてよいかわからなくなるとき・・・
道しるべがあればいいよね。
その道しるべは自分の中にもっている?
自分の道は自分で歩きたいし、自分で決めたい。
そしたら、自分で羅針盤を持たないと、人の道を歩くことになるよ。
人の道を歩くということは、更にどうしてよいかわからなくなるね。
いつもどうしてよいかわからない人、人の道を歩いていない?
自分の道はまだ見えないかい?
どんなに些細なことであっても、つじつまが合わないと『うそ』になってしまう。
その積み重ねが、『信頼』を失う原因なんだろう。
自分の言動を常に客観的に観る必要がある。
それができないと、人には信じてもらえない。
花縁では、パートさんを募集しています。
一緒に働いてみませんか?
お気持ちのある方は詳細をお話しますので、お気軽にお電話下さい。
じじ様ばば様と楽しい生活を送りませんか?
花縁に来たら、きっと自分自身も成長することでしょう!!
一緒にいろんなこと話し合って、楽しい毎日を送りませんか!?
待ってまーす!!!
8月花縁の行事。
16日に行われた。
京都出身のスタッフが、京都名物「大文字焼き」を企画してくれた。
『大文字焼き』とは***************************
「大文字焼き」という名前で全国に広く知られていると思います。
正確には「大文字焼き」ではなく「五山の送り火」と呼びます。
五山の送り火とはお盆に行われる京都の伝統行事で、京都を囲む5つの山に
それぞれ「大文字」「左大文字」「船形」「鳥居形」「妙法」の形に火をともすというものです。
五つの山に5種類の送り火を焚くところから「五山の送り火」と呼ばれるようになりました。
その起源は諸説に分かれるのですが、平安時代とも室町時代ともいわれ、長い間、京の町の人々に親しまれています。
この五山の送り火はお盆の先祖供養の一般信仰「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と結びついたもので、
お盆に帰ってきた先祖の魂(精霊。「おしょらいさん」)を各家で供養した後、再びあの世に送り出すという意味があります。
また、厄除けのご利益もあると信じられ、送り火の灯を映した杯を飲むと中風にかからないといわれています。
また、京都三大祭(葵祭、祇園祭、時代祭)に加えて、京都四大行事とも言うそうです。
自分は「どんな人になりたい」かよく考えるといい。
自分がなりたい自分を探すんだ。
人から評価される自分ではなく、自分がなりたい自分だ。
人の評価ほど、当てにならないものはない。
身勝手だし、自分のいいようにしか評価しないから。
そんなものはなんの役にも立たない。
自分自身しか当てにならない。
なりたい自分を、なろうとする自分が、きちんと自分で評価してこそ本当の自分になるのではないか。
見せかけの自分で満足してはいけない。
本当にあるべき自分の姿は自分で創造するものだ。

