私は働きながら勉学するタイプの看護学校で看護師になった。


だから高校を卒業してすぐにある病院に就職して働きながら学校に通わせていただいた。

それを4年間続けて看護師になったのである。


先日ある会議の後の宴会の席で、ある法人の(特養やグループホーム)理事長さんと知り合いになったときのこと。

その理事長さんの施設は、私が勤めていた病院のすぐ傍で、地域の交流もあるので、その院長先生とも面識があるのだという。


とても懐かしく、いまどうしているのかいろいろお聞きして驚いた。

なんと先生はグループホームを作っていたのだ。


昔私が通いつめた病院は取り壊され、その跡地に1階が外来だけの医院、2階3階がグループホームとなっているという。


もう30年も昔の話。

先生も80歳になるころ。

それでもまだ外来を守っているという。


とてもとても懐かしくなった。

その理事長さんによると「随分まるくなりましたよ」というほどに、昔はバリバリのテキパキした医者であった。


わたしも何度も怒られた。

短気でせっかちだから、のろのろしているとお尻を叩かれるように怒られたものだ。


毎年私のような学生が3,4人入社して先生にしごかれる。

先生の怒る口癖は「親の顔が見たい!!」である。


でも入社した時すでに両親のいなかった私には一度も言ったことがない。

それは今でも忘れない。

短気で怖い先生だったけど、めちゃくちゃ優しくて思いやりがある人だと感じていた。

そんなさり気ないやさしさが私にはあたたかかった。


そんな先生のグループホームなのだから、きっと素敵なところだろう。

退職して以来、一度も顔を見せていなかった。

先生のお蔭で、私はいまこうしていることを、先生がお元気なうちに感謝を込めて伝えなければいけないと思った。


いまでも外来診療をしているという。


思いがけず懐かしくて会いたくなった。

会いに行ってこよう!!

ありがとうございましたを言いに。



おめでとうございます。


今日、桃ユニットのおばばの愛称でみんなに慕われているH様が100歳のお誕生日を迎えました。


桃ユニットでは、遠方からご家族もいらっしゃって、盛大にお祝いの会が開催されました。


スタッフの余興と、桜ユニットのSさんとMさんは上手なカラオケを披露してくれました。


そして、苫小牧市長が駆けつけてくださり、お祝いを渡してくれました。


今日のおばばはとても上機嫌で、終始笑顔で過ごされ、社長たちが握ってくれたお鮨を沢山召し上がっていました。

お鮨の後はお祝いのケーキも「おいしいね」と言って食べてくれました。


なんど「おめでとう」を言っても、いつも笑って答えてくれました。


おばばの笑顔は世界一です。

ただ見ているだけで幸せになれる笑顔です。


おばば!!ほんとうにおめでとうございます!!!


そしてありがとうございます。


これからも、また一緒に笑って、おいしいものいっぱい食べて、苫小牧一の長寿目指して長生きしましょうね。



100歳!バンザイ!!



どんなに大きな声をあげて「それは違うよ」と言いたいか。

しかし、声を大きくすれば届くものではない。


私の、私たちの目指すところは一つである。

「その人」がどう生きるか。


その人は私ではないから十分に考えなければいけない。

それがアセスメントだろう。


けれど、そんなこと以前に「人が生きることを支える」という現場で、認知症の症状ばかりに目を向け翻弄される人たちがいる。


その人の生きる道を、その人の生き方を見つめさえすれば、全てが解決するのに。

もうその現場では「その人」ではなく「その認知症」になっている。


何度話しても、何度声に出し伝えても、とどかないと嘆く自分が嫌だ。

手放そう。

いつもそう思う。


伝え続けることが私の役割なのだから。


よかった!!


じぃじが明日帰ってくる。


よかった!!


胸にたまった水もすっかり抜けたという。

ほんとうによかった。


「生きているか、死んでいるか、わからない」というようなことを言って落ち込んでいたらしい。


でも明日になれば徐々に元気になるよ。


また『あの本』買いに行こう!!!


じぃじの本 のじぃじが調子が悪い。

明日入院することになった。


じぃじの本を物置に持って行ってまもなく、なんとなく調子が悪くなってきた。


じぃじはいろんな病気を持っている。

総合病院の呼吸器科、耳鼻科、消化器科、循環器科、脳外科とこれだけの科に通っているくらいあちこち悪いところがある。


でもそれなりに落ち着いていていままで元気にしていたが、1ヶ月ほど前からなんだか変だ。


御飯を残すようになってきたし、ときどきつじつまの合わないことやとんちんかんなことを言うし、胸が苦しいとも言うようになった。


なんだかおかしいと思っていたら胸に水がたまっているのだと言う。

こえrは今始まったことではなく前から少しあったらしいが、最近増えてきた。

そして原因も不明なのだという。


その水を抜くために明日入院する。


本屋で自分の好きな本を買うことができたじぃじは自分の不調を正確に訴えることができなくなり、毎日日課にしていたゴミ捨てもできない日が増えてきた。


今日の病院受診の結果明日入院が決まったが、行く前からなんだか会話が成立しないと思っていたが、帰ってきたらもっとおかしなことを言っていたという。


心配である。

入院することが心配である。


こんな状態で入院したらどんな風になってしまうか。


水を抜けば一時的に症状は改善するだろうから水を抜いたらすぐに帰ってきてほしい。


原因も突き止められればそれに越したことはないが、じぃじの認知症の症状の程度によってよーく勘案していきたいものだ。


どうか無事に帰ってきますように。


認知症を持ちながら病院で治療(認知症ではない病気の)を受けることが非常に難しい状況であることはみなさんも経験済みでしょう。


治療の必要性や重要性を理解できず、またはすぐに忘れてしまうため、誰かが付き添いその都度伝えてわかっていただかないといけない。


具体的には

点滴を外してしまったり、痛みを我慢できずに処置を拒んだり、病室やトイレがわからずにうろうろしてしまったり、夜眠れなかったり・・・・・


一般的にはそんなときどうするかというとご家族が付き添うということになる。

『完全看護体制』といわれている病院であっても、認知症のケアはその中に含まれていないようだ。


ご家族が付き添うと一言で言ってもそんなに簡単なことではない。

多くの人が仕事を持っているでしょうし、子供や孫でグループホームの夜勤体制のように日替わりで交代できるだけの要員がいればいいがそうはいかない。


つまり仕事をしている一人息子さん(または娘さん)が毎日昼夜を問わず病院で治療中の認知症高齢者である親の付き添いをするなんてこと、できない確率のほうが多くはないか?

何日間と決められていればまだ見通しがつくが、当てもなく毎日付き添っていては会社を首になってしまう。


会社を首になるだけではなく、毎日昼夜を問わず付き添ったら身体を壊してしまう。


しかし付き添いをしなければ入院させてはくれない。

認知症のある方が入院するということだけで、看護師さんには嫌な顔をされてしまう。

「とても看れない」と思い込み、付き添いを出来るかどうかの問題ではなく入院自体を断られるケースも少なくない。

認知症がなかったら入院が必要な状況なのか?の問いに「入院が必要な状況です」と判断した医者がいたという。

その人は付き添いをするので入院させてほしいと頼んだのだという。


これがいまの社会の現実なのだ。

認知症があったら他の病気になっても治すことが出来ないのか。


以前、『認知症科』 ができればいいという記事を書いた。

認知症を患った人が入院して様々な科の治療を受けられるという病棟というイメージである。

そうすれば認知症の症状を緩和しつつ必要な治療を受けることができる。

ちなみにその病棟には様々な科のDrが出入りし、治療を行うときには認知症科の看護師又は介護士と専門の科の看護師で関わる、というもの。


わたしはこのシステムが認知症を救うと思ったが・・・・・

総合病院に勤める娘に話したら「絶対に無理だと思う」と断言された。


なぜかと言うと、看護師の人員基準を守っていくことを考えた時の困難さと、もうひとつは『より専門的に』という方向性に突き進む医療現場の中で、多面的に人を支えていくシステムの構築が難しいというのだ。


それを補うのが他職種間の連携ではないのだろうか。

より専門性を充実させて互いの専門性を提供しあって補い合えば何人もの人を支えていくことができると思う。


日本国はどこを向いていくのか。

どんな社会を目指すのか。

いつからこんなに生きにくい世の中になったのか。


これから訪れる日本国の超高齢化社会では、それぞれの専門職がそれぞれの立場を超えて、様々な専門職と連携を図り、柔軟で機敏な対応が求められる。


自分のことで精一杯なスタンスではこの社会を乗り切れはしないだろう。


「認知症の人が入院します」

このとき看護師さんに嫌な顔をされない世の中は来るのだろうか?

是非来ることを願って!!


入退院を繰り返しているばば様がいる。

入退院を繰り返すうちすっかり寝たきりになってしまった。


食事を自分でする事もできなくなってしまった。

ちなみに認知症はない。

自分の状況に「みなさんに迷惑をかける」と思っているがいつも明るく笑ってくれる素敵なばば様である。


ばば様に入院生活を聞きながら食事介助をしていた時のこと。

おかゆを召し上がっているのでいつも梅干がついていた。

その梅干の食べ方について話してくれた。


梅干をひとつそのまま口に入れられたというのだ。

もちろん全員ではないが・・・・・

それは看護師さんだったらしい。


私なら梅干を小さく何回かに分けて、適度な量のおかゆと一緒に口に入れてほしい。

じゃないとすっぱくてびっくりしちゃう。

それでそのときどうしたのか聞いてみた。


そしたらこう教えてくれた。

「口の中で貯めておいて、少しずつおかゆと一緒に食べたの」

なるほど・・・・・とその器用さに感心しさぞかし難しかったろうと労った。

ばば様は笑っていた。



看護学校に認知症の講義に行くことがある。

認知症の話をし、現状とGHでの生活を話してくる。

またこの福祉の世界に看護師さんのお力が必要であることも話してくる。


しかし、この子達は生活ができているのかと言うことだ。

それぞれの家庭で「生活力」を身につけていない子達が多いことに気がつく。


病気のことや薬のこと、治療のことや検査のことを学ぶ前に「当たり前の生活」を学ぶ必要がある。

でもその前に当たり前の生活を学ばなければいけない世の中であるという認識が必要だ。


看護学校では当たり前の生活など教えてくれない。

だからそれまでの時間に家庭が教えなければならないのではないのか。


またそうでなければ看護学校のカリキュラムの中に「具体的な生活支援」が必要なのではないか。


ナイチンゲールの看護覚え書では人間は生まれつき「生命力」をもつ。看護はその「生命力」を高めるように環境を調整する営みである。by.F・ナイチンゲール


薬や治療、検査や病気のことなど何も触れていない。

人が療養する時に欠かせない環境のお話ばかりなのだ。


看護学校でこの部分にもう少し力を入れたらどうでしょうね。

生命力を高めるための当たり前で心地よい生活力について。

半年くらい時間をかけて教えてもいいのじゃないのかな。


気持ちよく生活し、気持ちよく療養できることをサポートするのが本来の看護師の姿なのではないのかしら。


梅干の話に限らず、入れ歯を入れてくれなかったり、食べたいと思う環境の設定は無視されていたり、病気が良くなるための方法論は全て「病気の治療」しかなく、そのための心地よい生活環境は与えられていない気がする。


療養生活を支えていくプロとしての役割を今一度検証してくれないだろうか。


どうやったらおいしいおかゆがおいしく食べられるか。

考えてみようよ。

おいしいおかゆがおいしく食べられたら良くなる時間も早くなるよね。


看護師ってなんだろう。


認知症の周辺症状が耐えられないという。


認知症の周辺症状で困っている。


どうしたらいいか悩んでいる。



その想いが相手に伝わり

更に困惑を招いてしまう。


その意識ある?



ありのまま受け止める。


ありのままの姿を認め、見つめ、想いを共有する。


どうしたいのか

どうしたくないのか



困ることなんてないし

どうもしなくていいのだよ。


その姿が認められたら

自然に困惑から逃れられる。


その姿に否定的であればあるほど

困惑を助長する。


ありのままの気持ちになって

同じ空間に心を置いて・・・

同じ視野に目線を置いて・・・

そうしたら何が見える?

何がしたい?


同じ気持ちになってみて!!


そんなつもりじゃないのだけれど、

人を傷つけてしまうことがある。


生きていくのに必死で・・・・・


問題のテーマが違うから、

意見が合わなくなってしまうことがある。


生きていくのに懸命だから。


決して自分のことばかり考えているわけじゃない。

みんなそれぞれ疲弊している。


みんな必死で生きているから。


その「みんな」の中に認知症の人もいるんだよ。


それぞれの立場で必死に生きている。


今まで生きてきた人生と、これから生きる人生に境目なんてないでしょ。

あるとしたらほんの瞬間。


今までの人生を大切に思える人は、これからの人生も大切にできる。


今までの人生を悔いることなく認めるためにも、互いを承認しよう。



みんな必死で生きている。


それを認め合おう。