SNS、ブログ、pixivに同時掲載
二次創作のため小説家になろうへは掲載見送り
アガサ・クリスティー生誕記念贋作2026
幻の素晴らしき恋人
今年もまた尊敬する作家と亡きおばさんに
カーラ・グラディウスはそれまでスラック警部の話を興味がなさそうに聞いているようにみえた。そもそも世の中のことに関心がないようだった。
しかし一言、その素晴らしい庭にかんしてスラック警部が触れるとそれまでの無関心が嘘のように饒舌になった。その内容はスラック警部には理解できないものであったが、その適当ともいえる相槌に気づくこともなくカーラは庭の魅力を語りつづけていた。
「あの大きな岩がなければ、この庭も素晴らしいものになるのではないでしょうか?」
スラック警部のその指摘にカーラは悲しそうに言った。
「えぇ、そう思うのも仕方がないわ。でもね一度あの岩を動かしたことがあるけれど、その結果ぽっかりと空間があいて不格好になってしまったの。だから元に戻したの。本当はなければいいのだけれども…」
その声は無念とともに何かしら他の感情も含まれているように思われたが、スラック警部はそれが何なのかわからなかった。
庭にかんする話題を入れ込みながらスラック警部は本来の目的である、カーラの隣人であるケイト・ランドール殺害事件にかんする質問を働いた。
しかしその返答は庭にかんするものと違って素っ気なく、ただ何も知らないというだけであった。
「しかしお隣でしたので何かしら耳にしているでしょう?」
「わたしは人の詮索はしません」
そこでスラック警部は庭の話題を口にした。
「そういえばケイトさんの息子さんの件で、このあたりも掘り起こされたそうですがここまで花々を育て直すのは大変苦労したことでしょうね」
「えぇ、本当に大変でしたわ。ここだけでなく、あちらこちらに大きな穴を掘ってとんでもないことになりましたわ。結局海外からネヴィルの手紙が来たことで単なる駆け落ちだとなってやっと落ち着きましたわ」
「私はその頃はまだ赴任前でしたので、詳しいことは知らないのですがケイトさんは息子さんが亡くなった…殺害されたと信じていたようですね」
「…そう、なぜそういった妄想を抱いたのか不思議ですわ」
一瞬、反応が遅れたのをスラック警部は見逃さなかった。
「ネヴィルは若くして女性好きで、様々な方とお付き合いをしていたので一人の相手に夢中になったのは驚きでしたが今はどうなっているやら」
「彼の女性好きは有名だったようですね、私の耳にもその女好きの話は入ってきましたから…それでも駆け落ちするほど相手は魅力的だったのでしょうね」
そこでスラック警部はカーラの無表情に何かの感情が一瞬浮かんだように思われた。
「私の耳に彼の女性好きや付き合った相手の話題は入ってくるのですが、不思議とその駆け落ちの相手が誰なのかわからないのです。彼は失踪前にさまざまな人にその素晴らしさを口にしていたのですが、なぜかそれが誰なのかだけは口にしたなかったのはなぜなのでしょうね」
「そんなこと、わたしにはわからないわ」
「それにしても、これだけの庭を作るのは莫大なお金が掛かったでしょうね」
「えぇ、亡き夫が莫大な遺産を残してくれましたので」
その口調は素っ気なく、庭に比べて夫への熱意は低いようだった。
「このあたりの聞き込みをしていて耳に入りましたが、亡くなる少し前は病気で看病が大変だったそうですね。庭に穴が掘られた時なんか…」
「えぇ、本当に。毎日のようにあちらこちら庭を掘るために大騒ぎで、うるさいと安らぎはなくて…」
「しかし、警察も殺人の疑いがあれば調べないわけにはいかないのです」
「何も出てこなかったのに?」
「あ、そういえば公表されていませんでしたが実は部屋に血痕がかすかにですが発見されていたのです。それがいつ付着したのかは当時の技術ではわからなかったため、一応調べる必要があったのです」
スラック警部は何気ない口調で言った。その内容にカーラは動揺しているように思われた。それに気づかないようにスラック警部は話をつづけた。
「そういえば当時、あの庭は重すぎて誰も動かせないうえ、あなたの何も物音がしなかったという証言もあって動かさなかった…」
振り替えたスラック警部が目にしたのはナイフを振り下ろすカーラの姿であった。
◯
スラック警部は不機嫌そうにメルチェット本部長に報告をしていた。
「私は何も知らされずに、あなたの指示に従ってカーラの証言を取りに行きましたが、まさかあんな命の危機にまでなるとは聞いていませんでしたよ」
「その件に関しては本当に申し訳なかった。事前にミス・マープルからは忠告を受けていたのだが、あそこまで実行力や力があるとは思わなかったのだよ。ただ一応安全のための措置はしておいたがね」
「それにかんしては感謝をしていますがね」
安全の措置は完璧だった。スラック警部は事前に忍び込んで潜んでいたクラドック主任警部の放った銃弾によって命を救われていた。
「それにしても一体あれは何だったのですか?あなたは私にどういった会話をするかだけ指示していないのですから説明を求めます」
「それは一言で済むよ。ケイトと彼の息子を殺害した犯人はカーラ、君は彼女に揺さぶりをかけるために派遣されたのだ」
「それもミス・マープルの指示で?」
「彼女の話は聞くに値するだけの価値があるからね」
そこでメルチェット本部長は、ミス・マープルの姿を浮かべて笑みを浮かべた。
「最初は彼女の人生の経験から導き出されたもので、それだけでは君を派遣しなかっただろう。そこから彼女は論理的に推理を組み立てた内容が説得力があるものだったからこそ、君を派遣したのだ。それに君は経験を積んだ刑事だからある程度の危機は覚悟の上だと思うしそれに対応する能力もあると最終的にわたしが判断したのだよ」
「その論理的な推理とは?」
「君も知っているように庭の岩は重すぎることから当時の警察はその下を掘り起こすことはしなかった、しかし君も聞いたように彼女は一度岩を動かしている…それだけの力と方法を彼女を持っているし、自分の敷地内だから物音はしなかったと嘘をつけた。唯一それを覆せそうな証言ができそうな夫は睡眠薬で眠らせていたと彼女は証言したよ」
「しかし動機がわかりません。なぜ彼女はネヴィルを殺害したのでしょう?」
「それはねカーラがネヴィルの恋人だったからだ…君が驚くのも無理はない。わたしも最初聞いた時には信じられなかった。今後そういったあたりも証言されるだろうが、今わかっているのはネヴィルは本気になってしまったということだ。しかしカーラは遊びでしかなく、夫はもうすぐ亡くなるという時期だった。だからこそ莫大な遺産を手にする機会を失うつもりはなかった。けれども殺人事件となると自分の身に調査の手が伸びるかもしれない…そう考えて彼女は彼を失踪させることにした。彼女にとって好都合だったのが、ネヴィルは相手が素晴らしいということだけは口にしたがそれが誰なのかは言わなかったことだ。それは彼女が願ったことで、そういった部分でネヴィルは誠実と言えたね。問題はその相手がまったくそれに値する人間でなかったということだ」
「しかし届いた手紙は彼の筆跡の本物だと判定されたのでしょう?」
「それにかんしてはまだ証言が取れていないが、ミス・マープルの考えではネヴィルに対して駆け落ちを提案してそれを説明する手紙を書かせたのだろうということだ。もしかしたら元々は彼女の名前もあったのかもしれないが、本物の手紙さえあれば名前の部分は消したりとなんとでもなるだろう」
そこでメルチェット本部長は悲しそうに言った。
「今となってはもうわからないが、何らかの理由でケイトは息子を殺害したのはカーラだと知ったのだろう。そのまま警察に行けばよかったのに…いや、たとえ来たとしても証拠がないから受け入れるかどうか…どちらにしてもケイトは直接カーラと対決をして命を失ってしまったのだ…眠っていた殺人事件を掘り起こした結果、再び悲劇が起こったのだ」
それに対してスラック警部は言った。
「しかし殺人者は裁かれなければいけません。それこそが警察の役割でしょう?」
スラック警部もまた警察官であった。





















